2022/07/20

DTM2曲目はコパカバーナ

前回開始を宣言したDTM。2曲目はコパカバーナです。


昔母親がエレクトーンで弾いてて思い入れのある曲だったので、うまく再現できてよかったです。お手本にさせていただいたのは例によってこちらの演奏です。


DTMで2曲作ってみて痛感しているのがコードに対する理解の欠如。コードが全くわからないので和音の聞き取りに四苦八苦。てなわけで、GarageBandでの耳コピからは一旦はなれてしばらく音楽理論の勉強に集中しようと思っております。

ヤマハで10年以上エレクトーンを習っておきながら一切コードがわからないって、僕自身の問題に加えてヤマハのカリキュラム的にも問題あるんじゃないかと思わずにはいられない今日このごろです。



2022/07/09

DTMはじめました

DTM(DeskTop Music)はじめました。

DTMとはなんぞやかというと、パソコン使って音楽をポチポチとやるアレです。といっても作曲スキルなどないので、とりあえず耳コピから。

んでできたのがこちら。ゲーム「クロノ・トリガー」から「風の憧憬」です。MacのGarageBandで作りました。



お手本にしたのはこちらのエレクトーン演奏。


一作目にしてはなかなかキレイにできて満足。短い&音がとりやすいゲーム音楽を選択したのが勝因です。

音入力のお供にはこちらのMIDIキーボードを使ってます。


さしあたって何曲かエレクトーン演奏を耳コピした後に、エレクトーン演奏に限らず好きな曲をコピっていけたらなー、なんて思ってます。並行して、かつてエレクトーンを習っていた頃にすらまったく勉強しなかった音楽理論に着手。より音楽を楽しめるようになるのがこの夏の目標です。

そこそこ身につくのが先か。飽きるのが先か。



2022/01/05

EVの正解はアップルカー

新年明けましておめでとうございます。

今年もゆるゆると書いていきますので、どうぞよろしくお願いします。

さて昨年の最後にEV化をすすめるのは脱炭素ではなく自動運転というエントリーを書きました。これを受け、では具体的にどのようなEVが街を走るようになるかを考えてみます。

結論としては正解はアップルカーだと思います。

米ブルームバーグの報道では運転操作のためのハンドルやペダルをなくし、乗員が向かい合って座るリムジンのような座席配置を目指しているといいます。

アップルカーの衝撃 世界の自動車供給網を変える

アップルカーが特徴的なのはハンドルやペダルが無いこと。これですよ、これ。僕が考えているEV普及の条件は完全自動運転なので操作系の部品は一切不要です。

現在世に出ているEVは(自動運転を徐々に組み込んではいるものの)どれも人による操作を前提とした形状なので、それらは世界を変えるには至らず富裕層のおもちゃで終わると思います。

世界が変わるのは完全自動運転が実現したとき。そしてその世界を疾走するのはハンドルもペダルもなく、そもそも運転という概念すらないアップルカーだと思います。実際にはアップル以外のメーカーもどこかのタイミングで同様の形状のモデルを出してくるので、アップル一択にはならないでしょうが。現状のiPhoneとAndroidスマホみたいな棲み分けになるのかもしれません。

運転が苦手な身からすると、人が運転から開放され移動の自由を手に入れた世界が待ち遠しくてたまりません。新しい世界を楽しみに待ちたいと思います。


2021/12/19

EV化をすすめるのは脱炭素ではなく自動運転

昨今話題の電気自動車(EV)。トヨタが2030年までに年間で350万台の販売を目指すと発表した2021年12月現在での僕なりの予想をまとめておきます。答え合わせは10年後にのパターン。

結論からいえばEV化は脱炭素ではなく自動運転によって広まっていくと考えています。なぜなら脱炭素では人の生活は変わらないけど、自動運転では劇的に変わるから。人はキレイごとではなく実利で動くものなのです。


現状では欧米(特にヨーロッパ)を中心に脱炭素を掲げてのEV化が叫ばれていますが、これは程なく行き詰まると思います。それはひとえにエネルギーの問題が解消されないから。再生可能エネルギーへの移行が十分に進んでいない中、脱炭素を掲げて化石燃料の使用を減らせば電気料金が上がるのは火を見るより明らか。さらにEV用の電力供給網の整備もこれからです。

おまけにバッテリーも車両本体も高価ときているのですから、これで各国政府がいうとおりに順当にEV主流になると考えるのはあまりにお気楽すぎます。エネルギー問題が解消されない限りは、脱炭素名目でEV化が進むことはないと思います。


ではEV化がまったく進まないかというとそうではなく、脱炭素ではない別の理由でEV化は進んでいくと思います。自動運転(完全自動運転)です。

クルマの動力がガソリンだろうと電気だろうと、自分で運転しないといけない限り人の生活はほとんど変わりません。ところが自動運転になると生活は一変します。なにせクルマでの移動時間を完全に他の活動に充てることができるようになるのですから、移動のハードルは劇的に下がります。これは都会でも田舎でも劇的に生活を変化させます。

さらに自動運転の実現によりクルマの所有に対する考えも一変します。クルマを呼べば勝手にやってくるのですから自分専用に持つ必要はありません。クルマを使いたいときにアプリで呼ぶスタイルが主流になるでしょう。この時点でEV車本体価格の問題はクリア。またクルマが勝手に充電に行ってくれるのですから電力供給網の問題も同時にクリアです。

最後に残るのが電力価格の問題ですが、クルマ本体を買わずに済むことを考慮すればユーザー側でもある程度は許容できると思います。もちろん安いにこしたことはないので、電力が安価であるほど自動運転の恩恵を受けられる社会になります。この点では再生可能エネルギーに適した地形のある地域や、次世代型を含めた原発の使用に踏み切れる国ほど有利ですね。


以上の予測を日本に当てはめると状況は極めて厳しい。自動運転技術の開発自体はがんばってるものの、タクシー業界の強い反対によりライドシェアは未解禁。再生可能エネルギーを主力にする道は程遠く、原子力積極活用の道もいばらの道です。普通に考えて日本に自動運転社会が到来するのは、他の先進国に遅れること10年くらい経ってからでしょう。


というわけで、

・脱炭素名目ではEV化は進まない
・自動運転の普及とともにEVが主流になる
・日本は自動運転社会でも順当に敗戦

という未来予想でした。


2021/12/18

ネット参加可能な「令和版クイズダービー」案

昭和の名番組、クイズダービー。大橋巨泉司会のもと3組の視聴者が5人の回答者にポイントを賭けて10万点を目指すクイズ番組で、巨泉と回答者の絶妙な掛け合いのみならず、その無駄のない構成が大好きでした。


で、このクイズダービー、令和の今こそ復活させると面白いのではないかと思っています。もちろん令和なりにアレンジした上で。

鍵はインターネットを通じての視聴者参加。専用アプリを使って視聴者もリアルタイムでポイントを賭けられるようにします。ポイントランキングも随時リアルタイムで公開。

そうすることで視聴者がいっそう楽しめるようになるのはもちろんのこと、(録画ではなく)リアルタイムでの視聴が増え番組スポンサーも大喜び。さらにはネット参加者の獲得ポイントに応じてスポンサーが寄付を行うようにすれば企業イメージアップにもつながります。(かつてのカンガルー募金はTBS未来への生命募金へと名前が変わったようです)

問題はキャスティング。竹下景子、井森美幸、北野大あたりは健在として、大橋巨泉、はらたいらに変わる人材はそう簡単には見つからない。なんならAIでかつての出演者を復活させてAIに回答してもらう形式でよいのかも。井森美幸の珍回答をAIがどこまで再現できるか見てみたいですし。

昭和と令和のコンビネーション。いかがでしょうかTBSさん?


2021/12/14

匿名文化とメタバース(結論なし)

実名ブログの開始が人生の転機になったという話を昨日しましたが、必ずしも常に実名がよいというわけではありません。

僕の場合は現実の自分に変化を与えたいという目的があったので実名にしましたが、そうでなければ匿名にしただろうし、その方がより自由度高く発信できていた可能性もあります。

どちらがよいかは本当に状況によりけりですし、時代によっても変わります。かのmixiが広がりはじめたころは実名登録なんてリスキーでありえない雰囲気でしたが、Facebook以降は実名登録は普通に市民権を得ています。

さてそんな中つぎの潮目の変化になりそうなのが昨今話題のメタバースです。盛り上がりのきっかけとなったのがFacebook社のMeta社へと名称変更ですが、その際に公開された動画の中ではザッカーバーグが自身そっくりのアバターを操っていました。おそらくビジネスのシーンでは実在の個人と関連づけたアバターが主流となるのでしょう。

一方、とある調査によるとVR空間にいる男性の76%が女性アバターをもちいているとか。更に人型以外のアバターを用いる人も多数いるということなので、これは匿名というレベルを超えて完全に別人格・別生物です。

どうやらビジネスシーン以外のメタバースでは本来の自分と切り離した人格・人生を生きるのが主流となりそうです。基本的に選択肢が増えるのはよいことだと考えているので好ましい流れだと思っていますが、この流れの先にどんな未来が待っているのははちょっと見えづらいです。

見えづらいですが少なくとも楽しいことにはなりそうなので、乗り遅れずに楽しんでいきたいと思います。とりあえずちょっといいHMD買おうかな、どうしようかな。


2021/12/13

ブログを実名顔出しで始めた理由とその効果

引き続きブログ10周年を踏まえての回顧録。 

ブログ開設時に悩んだのが実名をだすか匿名にするか。個人ブランディングの観点では実名顔出しが主流でしたが、敬愛するちきりんを筆頭に匿名で活躍するブロガーも多くいました。

悩んだ末に選んだのは実名顔出し。個人ブランディングも意図してはいましたが、一番大きかったのは現実の自分に変化を与えたかったこと。当時会社員としての自分に行き詰まりを感じていたので、なにか変化をつくりたかった。となれば実名顔出し。もちろん多少のリスクは憂慮しましたが、そこはエイヤで公開。

効果はてきめん。ブログを拠点として会社員としての自分、個人としての自分、あと当時熱心に参加していた朝活グループでの自分などが有機的につながり始め、自分に対する評価も多方面からもらえるようになりました。それにともない会社員として感じていた閉塞感は解消され、非常に健全な心理状態へと回復。

会社というフィルターを通さずに直接社会から評価を受けることが可能な状態となり、地に足がつき、ここから新しい世界が始まっていくはっきりとした実感がありました。

今読み返せば稚拙ではずかしい文章ばかりですが、それも確かな自分の足あと。実名での龍論開始は確実に人生の大きな転機の一つであり、今に続く大切な財産になっています。


2021/12/08

僕にとってのこのブログの位置付け~ブログ開設10年を迎えて~

ブログプラットフォーム移行の影に隠れてしまっていましたが、龍論は開設から10年を迎えておりました。初エントリーが2011年11月20日。それから10年、波はありつつもぼちぼち文章を書き続けてきました。

せっかくですのでこの機会に現在の僕にとってのブログの位置付けを記録しておきます。

今の僕にとってこのブログは、自分が生きた証を後世に残しておくものです。といってもそんなに仰々しいものではなく、自分の死後になにも残らないってのはちょっと寂しいので、どこかになにか記録が残っていればいいな程度のものです。物理的なモノを残すのは性に合わないし後世にも迷惑をかけるので、ネットの片隅に文章を残しておくくらいがちょうどよいです。

この目的のためにはプラットフォームの継続性が最も重要で、その点を重視してGoogleのBloggerを選んだというのは前回のエントリーに記した通りです。

でもって僕としてはこのブログが残ってさえいれば満足なので、PV数などには一切とんちゃくがありません。いちおう解析ツール(GA4)を入れてはいますがツールの仕様確認が主な目的で、ガリガリ分析してPV増加!などとは一切考えておりません。

ブログを始めたころは「ブログこそ個人ブランドの母艦だ」とか「ブログで稼げちゃうんじゃね?」とか野心的に考えていたこともありましたが、結局書きたいことを書きたい時に書くことしかできない性分なので、まったりブログに落ち着いています。(とはいえ書き溜めた文章には大きな愛着があるので、それを軽視したnote運営は絶対に許さない)

大前提として文章を書くのが好きというのがあるので当面はこのスタイルが続くと思いますが、もし大きな変化が生じるとしたらそれはきっとメタバースがらみになるだろうなという予感はあります。

現状では文章が僕を表すのにもっとも適した手段なのでブログを書いていますが、もしメタバース内でのなんらかの創作がより自分に適していると感じたらそちらにシフトする可能性があります。これからのインターネットはどんな世界になるんでしょうね。けっこう楽しみです。

あ、あと文章にまとめるまでもないホントーにどうでも良いことを日々Tweetしています。ブログとTwitterで僕の生きた証としては十分です。

そんな感じの龍論です。これからもどうぞよろしく。

2021/12/06

ブログ移行の際にこだわったことと、noteで不満だっこと

ブログのプラットフォームをnoteからBloggerへ移行した話を昨日しましたが、その際にこだわったことをもう少し詳細に記録しておきます。


まずドメインについて。昨日も書いた通りかつてのWordPress版では独自ドメインを使っていましたが、今回は使っていません。理由は僕の死後に有料ドメインの支払いが止まってもブログの公開を続けられるように、というのが一番ですがもうひとつ、ドメインのもつ役割というか意味合いが変わったことがあります。

2011年、WordPressをいじくりながら龍論をはじめたころ、ブログとその象徴たるドメインには個人ブランドの集約地という役目を期待していました。高木龍平という個人をネット上で象徴するのが ryuview.com だぞ、と。会社を辞め個人として生きていくんだと多少はギラついていた頃のお話です。

それから10年経った今、ギラつきはすっかり失われ(笑)、あらためてネットを見回してみるとドメインにはそこまでの重要性はないなと気づきました。というかWebページ自体の重要性が相対的に落ちています。人々のネットでの活動領域はWebページからアプリへ移り、そして今後はメタバースへ展開していきます。そんな中、単なるWebページの座標たるドメインにそこまで固執する必要はありません。それよりも死後の継続性を重視し、独自ドメインは使わないことにしました。ドメインではなく高木龍平と龍論という名前で認識してくれていれば十分です。


続いてブログに求める機能について。これは僕の生きた証を末永くネット上に残しておくという僕がブログに期待する機能を満たしているかがポイントになります。

その点において、前任のnoteはやや不安がありました。先日noteの運営とやりとりをする機会があったのですが、その際に明らかなnote社側の都合を何度もクリエイター側に押し付けてきました。CXOの深津さんを筆頭にクリエイター重視の姿勢を見せてきたnoteも、一皮むけばこの程度かと正直幻滅しました。そしてこの歪みはサービスとしての継続性にも後々大きく影響するなと思うに至り、noteからの撤退を決めました。

もうひとつnoteに不満だったのがエクスポート機能が一向に実装されないことです。エクスポート機能については以前より何度もささやかれていますが、2021年12月現在まだ実現に至っていません。勝手な推測ですが技術的な問題はもとより、ビジネス上の問題が大きく立ちはだかっているように思います。上述のクリエイター軽視の姿勢と同じ根っこなのでは?とは勘ぐりすぎですかね。

自分の文章を末永くネット上に残すことが重要な僕にとって、エクスポート機能が無く、いざという時にスムーズにプラットフォーム移行できないのは致命的。運営に不信を抱いた今となってはなおさらです。ということでエクスポート機能の面でもnoteは失格。

じゃあ代わりにどこを使うかといえばこれは簡単な問題。はてなやサイバーエージェントなどブログサービスを展開する企業は数あれど、Googleを上回る継続性を期待できるところはありません。ということでGoogleが運営するBloggerへ移行決定。インポート/エクスポート機能も万全ですし、その他機能も申し分なし。表示速度も爆速です。余計な機能が一切ないのも素敵ですね。ブログに必要な最低限の機能のみ整備されていてシンプルそのもの。最高です。


最後にブログのデザインについて。ここでこだわったのは極限までシンプルにすることです。ごちゃついたレイアウトのWebサイトは大嫌いなので画面の要素は最低限にしぼりました。Blogger公式にはこの要件を満たせるテーマがなかったので、フリーで配布されていたテーマを拝借。そこにさらに手を加えて極限までシンプルに仕立てました。今後ちょくちょく手を加えていくだろうなと思いつつも、現時点では満足な仕上がりです。


というこだわりの末に出港した新生龍論。どうぞよろしくお願いします。


2021/12/05

ブログのプラットフォームをnoteからBloggerへ移行しました

 この度このブログのプラットフォームをnoteからBlogger(Google運営のブログプラットフォーム)へ移しました。note移行前はWordPress製だったので、

WordPress → note → Blogger

と変遷してきたことになります。

なぜnoteをやめたかというと

・画面がごちゃごちゃしすぎ & いらない機能多すぎ
・運営がいまいち信用ならない
・エクスポート機能が一向に実装されない

という理由からです。noteへ移行したのは深津さん加入でイケイケドンドンだった頃でその流れに乗ったとこもあるのですが、しばらく使ってみてnoteは not for me だと結論付けました。

一方のBloggerは上記すべてを解消してくれているので、今のところ不満なし。シンプルで最高です。

WordPress版とnoteそれぞれの過去エントリーもすべて移したので、僕の書いた文章は過去分も含めてここに一本化された状態となっています。


以前の龍論WordPress版では独自ドメインにて公開していましたが、今回のBlogger版では独自ドメインは使用していません。

というのもブログは僕の生きた証を後世に残すものと位置づけているので、死んだあとも延々と公開が続いてくれないと困るからです。有料の独自ドメインを使用していると僕が死んで支払いが止まった時点でブログの公開も止まってしまうので使わないことにしました。URLがちょっと長くなっしまったのは残念ですが、想定されるGoogleの企業寿命を踏まえればベストな選択と考えています。

Blogger移行にあたっての一抹の不安はGoogleがかつてのGoogle+(懐かしい!)みたいにBloggerのサービス提供を終了してしまわないかという点です。が、現状Android版アプリの更新なんかも頻繁にやっているようなので、当面は大丈夫かなと思っています。万一サービス終了となってもnoteと違ってエクスポート機能が搭載されているので、他プラットフォームへの移行はそれほど大変じゃないですし。

僕が死んだあとにサービスが終了したらさすがに移行できませんが、その場合でもコンテンツは残したまま新規投稿ができなくなるという形で終了すると踏んでいます。インターネット上の公開情報を自ら減らすことは、Googleの存在意義に関わる事態ですから。

ブログのデザインは今後ちょいちょい変わっていくと思うので、記録として現時点のデザイン画像を載せておきます。

龍論を今後ともよろしくお願いします。



2021/04/03

偶然のトラブルを必然に引き起こす人

本来ならまれにしか起きないトラブルを、魔法のように引き起こす人がいる。

本人は「運が悪い」とか「もってるわー」などと言っているがおそらくそうではない。彼は必然的にトラブルを起こしている。

彼が見落としているのは、ごくわずかの確率だ。

例えば0.5%の確率。これは単体では0.5%以外のなにものでもなく、200回に1回という低い確率だ。

ただ、ここに試行回数が関わってくると話は変わる。

単体で0.5%の確率であっても、それを180回繰り返すと少なくとも1回発生する確率は約60%になる(1-0.995^180=0.594)。365回繰り返すと約84%(1-0.995^365=0.840)。

つまり1日1回0.5%の確率で発生するトラブルの種を放置していると、84%の確率で年に1回はそのトラブルは発生するのだ。

そして件の彼が放置している同様のトラブルの種は1つや2つではない。20も30も似たようなトラブルの種を放置している。結果として単体ではめったに発生しないトラブルが日常的に発生し、日々その後始末に貴重な時間やお金を費やしている。

繰り返すが、これは「運が悪い」とか「もってるわー」などという話ではない。必然である。

彼が怠っているのは、0.5%という低い確率に気づき摘み取ること。パッと見はたかだか0.5%なので、摘み取るには値しない、あるいは摘み取ることに費やす時間の方が無駄だと思っているのであろう。

だがその結果として、彼は毎年数十時間、数十万円をトラブル処理に浪費している。いや時間やお金で取り返しがつくならまだ良い。このままだと今後取り返しのつかないトラブルさえも起こしかねない。

そんな彼がトラブルまみれの人生から脱却する唯一の方法が、0.5%の確率に気づき地道に摘み取っておくことである。


2021/01/21

近未来の英語テストはAI相手におしゃべり!?

共通テストの英語を解いてみた

今年から始まった大学入試共通テスト。第1日程の英語をちょっと解いてみたのですが、確かに世間で言われているように単なる英語力だけでなく、思考力や判断力も問われる設問でした。

思考力や判断力まで「英語」のテストの中で計るべきなのか、という疑問はありますが英語でのコミュニケーションの実現を最終的なゴールとするのであれば理解できる部分もあります。

そこで英語コミュニケーションの達成度合いをより実践的に推し量る未来の英語テストを予想してみました。

AIとのコミュニケーションが英語テストの主流になる

まず基本路線として、AIと英語でコミュニケーションをとるというのが英語テストのメインになります。AppleのSiriや、Googleアシスタントとの会話を英語でやる感じ。

もちろんテストなのでシチュエーションと達成すべきゴールが与えられます。例えば

シチュエーション:昼休みにクラスの友人としゃべっている
ゴール:週末の映画に一緒に行く約束をとりつける

みたいなものです。

このスタイルの良いところは、設定しだいで受験者の様々な能力を推し量れるところです。

単純な英語力のみを計る場合

単に英語力のみを見たいのであれば、友人の設定を

マリア:いつも暇。

とすれば、単純な英語で会話するだけで約束をとりつけることができます。

情報収集力・調整力まで計る場合

もう少し対象を広げて受験者の情報収集力や調整力まで見たい場合は、友人の設定をこうします。

ローゼ:週末はクラブ活動で忙しい。

こうすると、単なる英語力だけでなく、友人と映画館両方のスケジュールを確認した上で実現可能な時間を探し、約束をとりつけるというコミュニケーションが必要となります。

コミュ力まで計る場合

なんならコミュ力まで計ることもできます。

シーナ:受験者の親友ボブに好意を寄せているので、ボブも一緒に行くならOK。

みたいな設定にすると、会話の中からシータの心情を察し、ボブも誘うというオプションの提示が必要となります。

さらに裏設定として

シータ:親友ヘレンが受験者に好意を寄せている

としておくと、ヘレンも交えて4人で映画に行くことにすればボーナスポイント獲得!

設問により音声と筆記を使い分ける

音声でのコミュニケーション能力(話す、聞く)と、文字でのコミュニケーション能力(読む、書く)を両方見ておく必要があるので、AIと会話する設問と、チャットアプリやメールアプリでやりとりする設問の両方があるとよいですね。

受験者が自分のスマホやパソコンを持ち込んでAIとやりとりする形式にすると、より実践的になります。

学習方法が変わる

さて試験がこうなると、当然学習方法も大きく変わります。試験の相手がAIなら、勉強の相手も当然AI。AI相手にひたすらコミュニケーションを繰り返すのが映画学習のメインになります。

なにせそこはAIですから。学習者の英語習得レベルに合わせたトピックの提示、必要な単語の説明、発音・アクセントの矯正などガンガンやっていただきましょう。

英語学習と生活を融合させてしまうのもいいですね。スマートスピーカーとのやりとりを全て英語にしてしまえば、受験者も生活の中で英語学習ができますし、AI側もより実生活にそった英語力を計測できるようになります。

おわり

以上、近未来の英語テストとその学習法を妄想してみました。AIによる判定を人間が十分信用できるほどにAIが進化する、というのが大前提ですが遠からず起こりうる未来なのではないかと思います。