人の働き方は大別すると山登り、川下り、海遊びの3つのタイプがあるという持論をもっています。
・山登り
最初に登る山(解決すべき社会課題)を決め、そこに向けバリバリ働く。
・川下り
進むルート(やるべき仕事)はあらかじめ決まっていて、その範囲内でまったり働く。
・海遊び
ひたすら自由に好きなとこに行ったり、好きなことをやったりする。
の3タイプです。(詳細は過去エントリーにて。)
さて、現在AIというビッグインパクトが押し寄せていることを踏まえ、上記3つのタイプがAIによりどう変貌するかを考えてみます。
まず山登りタイプ。手頃な山(社会課題)はAI自体あるいはAIで強化された大企業に次々と踏破されていきます。その結果、次第に登る山が無くなっていきます。最終的に残されるのは巨大企業のみがトライできる巨峰のみ。巨峰にトライできる人数は限られているので多くの山の民は他タイプ(おそらくは海)へ移行することになります。が、そもそも主体的なタイプなので問題なく海遊びをエンジョイすることでしょう。
続いて川下りタイプ。日本人のボリュームゾーンはここだと思いますが、AIによって一番ダメージを受けるのもここです。そもそも山があってこその川なので、AIによって踏破された山はそこから流れ出る川自体が無くなります。あるいは川があってもそこを下るのはAI自身。結果として大量の川下り難民が発生します。
この川下り難民は二つの問題を生じます。ひとつは経済面。「会社員養成所」と揶揄される日本の教育は基本的には川下りの方法しか教えないので、川の民は他タイプへの移行が困難です。つまり職を失って困窮する人が大量発生するのでそこへの対処が必要となります。
もうひとつが心理面。川の民の中には、実際は川が進んでいるだけなのにあたかも「自分の人生も進んでいる」と錯覚している人が一定数います。そんな人は川から出た瞬間に自分の人生も停止し強烈な不安に襲われます。彼らは何らかの組織に所属して自分の人生も進んでいると思い込まずにはいられないのです。
その不安をついて反社会的な宗教や団体が勢力拡大をねらってくることは想像に難くありません。社会の安定を維持するには、川下り難民を受け入れる健全なコミュニティが必要になります。
この二つの問題に社会と個人それぞれが取り組むことになるでしょう。
さいごに海遊びタイプ。ここはAIによる恩恵しか受けません。AIにより選択肢が増えこそすれ減ることはないので、今まで通り遊ぶも良し、新しい遊びをするも良しです。これまではSUPやカヤックせいぜい小型船舶で遊んでいたところに、とつぜん空母や原子力潜水艦が使えるようになったようなもので遊びのスケールは大きくなるばかり。新しい遊びを次々と生み出していくことでしょう。
以上、3タイプそれぞれへのAIの影響でした。山、海は問題なし。川は大きな問題ありです。
問題ありとした川ですが、実は長期的には楽観しています。というのもAIに踏破された山は社会に大きな利益をもたらすからです。巨峰が続々と制覇され世界がどっかんどっかん豊かになり、最終的には川の民全員を乗せたクルーズ船が悠々と世界一周・・というのが比喩にとどまらない世界を見たいものです。