2019/09/15

真下の線路はいつもまっすぐでカーブに気づけない

子供のころの話。

ある時、電車の先頭車両のさらに先頭に乗る機会がありました。

初めての経験だったので楽しくなって、とりあえず下を向き眼下に流れていく線路をずっと眺めていました。

しばらく眺めた後にふと疑問がうかびました。「おかしい。この線路は常にまっすぐだ。これでは電車はまっすぐにしか進めないのではないか」

そう思って顔を上げて遠くの線路をみたところ、線路はめっちゃ曲がっていました。

ああ。近くばっかり見てたらわからないこともあるんだな。遠くを見て初めて分かることもあるんだな。

そう学んだ幼き日の瞬間でした。


2019/09/14

心技体より体技心

スポーツに必要な要素としてよく使われるのが心技体。ですが、伝説のプロゴルファー青木功は石川遼へのアドバイスとして「心技体ではなく体技心」と語ったそうです。

僕の敬愛する落合博満も同様のことを語っていたらしい。(出典は明らかではないですが)

僕も同意見でスポーツに限らず何事においても必要なのは体・技・心の順番だと思います。

まずなにより重要なのは健全な体。体に不調がある状態で無理に何かをやろうとしても極めて効率が悪い。なので、怪我や病気があったらまずはしっかりと治す。そして不調が解消されたら日々ちゃんと栄養と睡眠をとり、ストレッチなども加えて良好な状態の維持に努める。その上で余裕があれば、ちょっとずつでも鍛えてより強い体にしていければベストです。

体が整ったら次に磨くべきは技。ここでいう技はスポーツでいう技だけでなく、知識・技術全般を指すととらえています。つまり勉強や練習ですね。ここでの注意はやりすぎないこと。やりすぎによって体に不調をおこしてしまっては本末転倒です。一時的に無理をしたとろでトータルで見れば技の習得ペースは落ちてしまいますので、体が耐えられる範囲の量や強度でやりましょう。限られたリソースの中で最大の効果を上げるにはどうすればよいか、一番のアタマの使いどころです。

ここまでやって相当の技が身につけば心(落ち着いた心)はある程度は自然と備わってきます。もしまだ不安があればそれは次のステップへの重要な指針。その不安を解消すべく、再び技に戻って新たな技や知識の習得に励みましょう。

つまり体技心というのは、万全の体調という土台の上で、技と心を相互に向上させていくサイクルを回すということだと理解しています。


2019/09/13

僕のブログは抽象論が多い

自覚しているのですが、僕のブログは抽象論が多いです。

なんでかっていうと具体論は書くのがめんどうだから。抽象論であれば言いたいことのエッセンスのみをフワっと書けばよいのでとても楽なんですが、具体論を書こうとすると正確性を意識しなければいけないし、図表や写真が必要になることも多いので時間がかかるんですよね。

具体論の方が読み手にとってはイメージが湧きやすくて役に立つのは重々理解しているのですが、手間のハードルはいかんともし難く。

なのでお手軽に書ける抽象論が多いのです。

書くのが好きと言っておきながらめんどくさいのは嫌がる、ってレベルの書き手ですのでどうぞよろしく。


2019/09/12

初見のお店では全ての棚を眺めてまわる

僕の習性として、初めて入ったお店では基本的にすべての棚を眺めてまわるというのがあります。

あたらしく移り住んだ街の100円ショップ、ホームセンター、本屋などはまずはすべての棚をじっくり眺めてまわり、品揃えを把握します。

これは
・できる限りベストに近い買い物をしたい
・アイデアの選択肢を多く持っておきたい
という理由からです。

できる限りベストに近い買い物をしたい

あるモノを買った数日後に、より目的にマッチするモノを同じ店で見つけるとものすごい敗北感を感じるので、まずは商品を一通り把握してから買うようにしています。

個人的にはおなじ目的のモノは一箇所にまとめて売っていて欲しいのですが、そうはなっていないケースも多々あるので自衛策としてのアクションです。

アイデアの選択肢を多く持っておきたい

日常生活でなにか課題が発生した場合にモノを買って解決することが多々あります。その際には、解決に役立つモノをいかに豊富に知っているかが重要です。そのためのアイデアを多く抱えておくために、近所のお店の品揃えはできる限り把握しておくようにしています。

Amazonを筆頭とする通販を使えばなんでも手に入るのですが、沖縄という立地ゆえに通販だと間に合わないことも多いので、近所のお店の品揃えの把握を重視しています。

ただし時間がかかる

この習性のおかげでそれなりに効果的な買い物ができているのですが、難点は初回訪問時にめちゃくちゃ時間がかかることです。大きめの100円ショップとかホームセンターなんかだと軽く2~3時間はウロウロしてます。特に100円ショップでは「普通の使い方以外にも応用すればこんな風にも使えそうだなー」とか考えながら見てまわっているので、尋常じゃなく時間かかります。

僕自身はそれが楽しいのでよいのですが、これに付き合うのは一般的には苦痛を伴うと思いますので放置推奨でよろしくどうぞ。


2019/09/11

放置すれば欠点、自覚すれば特徴

人間だれしも欠点はあるものなのでそれを気に病む必要は全くないのですが、自分の欠点を自覚しておく必要はあります。

欠点を自覚していれば少なくともそれに起因するトラブルを防ぐアクションが取れますし、あわよくば欠点を逆手にとって長所として活かす道もでてきます。

一方で欠点を自覚していなければそれは永遠に欠点のまま。しばしばトラブルを引き起こし、一生その欠点に悩み苦しむ。

なので欠点を自覚できるかどうかに、すべてかかっています。

自分の欠点を素直に認めることに抵抗のある人もいるかもしれないけれど、欠点を自覚しトラブルを回避できるようになればそれはもはや欠点ではなく特徴。ちゃっちゃと認めて、さっさとトラブルを回避できる仕組みをつくって、あとは特徴としてうまく活かしていきましょう。


2019/09/10

プロ野球で連勝したのに順位が下がることは起こりうるか

さて問題です。プロ野球であるチームが連勝したのに順位が下がることは起こりうるでしょうか?

答えは起こりうるです。

このケースが発生するのは5割付近に2チームが並んでいて、試合数に差があるときです。

例えば

Aチーム: 20勝21敗(勝率 0.4878)
Bチーム: 19勝20敗(勝率 0.4872)

だったとします。ここから両チームとも連勝したとすると、

Bチーム: 21勝20敗(勝率 0.5122)
Aチーム: 22勝21敗(勝率 0.5116)

となり順位が逆転します。試合数が少ないチームの方が、5割をまたいだときに勝率の振れ幅が大きくなるので順位が変動する、というからくりです。

実は1度だけこのケースが発生したのを見たことがあります。中日星野監督の「連勝したのになんで順位が下がんねん!!」というコメントをニュースステーションで朝岡キャスターが紹介していたので、おそらく80年代後半の出来事ですね。


2019/09/09

人の本質は「普通とする水準」にあらわれる

昨日のエントリーで環境の本質は「普通とする水準」にあらわれるという話を書きましたが、これは人に対しても全く同じことが言えます。すなわち人の本質は「普通とする水準」にあらわれます

知識量、清潔度、時間感覚、金銭感覚、立ち居振る舞いなどさまざまな観点についてその人が普通としている水準、それがその人の本質です。

これらを一時的に意識的に改ざんすることは可能です。他者に良く見られたいときに取りつくろうのは一般的なことでしょう。しかしながら、一時的にな改ざんでなく普通の水準を自体を変えるには努力を要します。ものによっては大人になってからの改善は不可能です。それゆえにこれらの普通の水準がその人の本質なのです。

どの観点を重視するかは人によって異なります。人間関係の面でみれば、重視する観点の水準が近いほどストレスなく接することができ、大きく乖離していると強いストレスを感じるでしょう。

すべてが完ぺきな人間はいないので「普通の水準」にばらつきがあるのは当然ですが、自分の持つ水準については自覚しておくべきです。「普通」であるがゆえに無自覚に過ごしてしまうことも多いですが、往々にしてこの無自覚な普通の水準の乖離が他者とのトラブルを生みます。セクハラ、パワハラ、マタハラ、スメハラなどなど世の中のハラスメントはすべて無自覚な普通の水準の乖離によって引き起こされているものです。自分にとっての普通の水準を後から変えるのは難しいですが、自分の水準が世間のそれと乖離していることを自覚していれば、トラブルを未然に防ぐ可能性も出てくるでしょう。

普通の基準の設定には先天的なものと後天的なものがあります。後天的なものの多くは幼少期に形成されるので、その期間の環境は極めて重要です。昨日のエントリーでも書きましたが環境を構築する立場にある際に、自らが重視しない観点において無自覚に普通の水準が低く設定されてしまっていることがあるので、ときおり他者の視点からもチェックしてもらうのがよいでしょう。


2019/09/08

環境の本質は「普通とする水準」にあらわれる

家庭、学校、職場など人はさまざまな環境に属して生活しているが、それぞれの環境の本質はその環境が普通とする水準にあらわれる。

知識量、清潔度、時間感覚、金銭感覚、立ち居振る舞いなどについてその環境が普通としている水準、それがその環境の本質である。

朱に交われば赤くなるというように、人は良くも悪くも環境の影響を受ける。よい水準に染まれば人として成長できるが、悪い水準に染まれば価値は低下する。無自覚のうちに自分の価値が下がるのが最も怖いので、できるだけ主体的に自分のいる環境の普通を見定めておく必要がある。

環境に入る前にすべての観点について情報が得られればベストだが、「普通」のことゆえに情報が公開されていないことも多い。そこは積極的に質問して情報を入手するべきであろう。

普通の水準を一通り見極めた結果、全てが納得できる水準なのは稀で、たいていは好ましい点もあれば、そうでない点もある。ここからは優先順位の問題だ。

自分が最も優先する観点において不満があれば、即環境を変えた方がよい。不満のある観点の優先度が高くない場合は「この点においてはこの環境には染まらない」という意思を持ったうえで、一旦はその環境にとどまるのが良いだろう。その環境にとどまりつつ、より満足度の高い環境へのリサーチを並行して行い、見つかった時点で環境を変えるのが得策だ。


自分が環境をつくる立場になった時も「普通」の設定は重要だ。環境が特徴とする点においては普通ラインが高く設定されるので問題は発生しづらいが、そうでない点においては無意識に普通が低いレベルに設定されてしまい、トラブルの原因となることがある。ここは他者の目も取り入れできるだけ多くの観点において、水準を認識しておく必要があろう。

すべての点においてハイレベルな環境がつくれれば最高だが、たいていの場合はリソースがそれを許さない。決して完ぺきである必要はないが、低い水準となっている観点についてはそれをしっかり自覚しておき、できれば公開しておくのがよいだろう。一見マイナスではあるが、トータルで見ればその方が環境の信頼は保たれる。


2019/09/07

既知のノウハウをあえて自分のブログに書く意味

僕の書く文章はたいていポエムかノウハウのどちらかです。

ポエムは100%僕の創作なのでともかくとして、ノウハウは僕が先駆者というものはほとんどなく、検索すれば似た内容が出てくるものがほとんどです。

じゃあそんなインターネット的には既知のノウハウを改めて自分のブログにしたためる意味はどこにあるのか。

書くこと自体が楽しいからで理由としては十分ですが、それ以外に想定される価値としては、

1. 各ノウハウのコンタクトポイントが拡大し、より広く伝わりやすくなる
2. 僕はこういうことに理解がある人間ですよという自己紹介になる

あたりかと思います。2の理由が大きいかな。自己紹介というより、「俺はこんな高度なテクニック使って生産性の高い知的生活送ってるんだぜベイビー」という自己承認欲求に近い気もする。

書くこと自体を楽しみつつ、自己承認欲求も満たされ、多少は世の中の役にも立つ。ブログ書きとはずいぶんお得な活動ですな。

ポエムでした。


2019/09/06

IT革命とは情報が実体を失い質量から開放されたこと

どの本だったか忘れたが、IT革命とは情報が実体を失い質量から開放されたことだと書いてあった。まさに情報の本質であり、これを理解できているか否かで、人のふるまいは大きく異なってくる。

古来より情報は常に質量とともにあった。石に刻まれた絵や文字にはじまり、木簡、そして紙へと時代は変われど、情報は常に質量を持つ何かに刻まれてきた。

世にデジタル化の波が押し寄せ情報はその姿を変える。それまで実体として存在していた絵や文字は0と1の数字に形を変え、CD、DVD、ハードディスクなどに保存されるようになった。

デジタル化はIT革命に不可欠な過程ではあるが完成形ではない。たとえデジタル化により情報が大量に保存できるようになろうとも、CDやDVDなどの実体のあるものに保存されている限りは大枠の意味では書類や本と変わらない。その情報はまだ質量にしばられているのである。

IT革命が完成を見るのは情報がインターネット上に保存されるようになってからだ。この時点で情報は完全に質量から解き放たれ自由となった。(厳密に言えば地球上のどこかに実体として存在しているサーバーに保存されているのだが、ユーザー観点でそれを見ることも意識することもない)

この質量から解き放たれた姿こそが情報の本来の姿である。そもそも情報とは実体を持たず目にも耳にも知覚されないものであり、それゆえに移動も拡散も複製も自由なものなのだ。その実体のない情報を実世界に召喚し、見たり聞いたりできるようにするのがスマホやパソコンであり、逆に実体から情報のみを抽出するのがデジカメやスキャナーなのである。

以上の情報の本質を理解できている者は、インターネットを起点として物事を考える。情報の本来の住処はインターネットであり、普段はそこに放牧しておき、必要な時、必要な場所に召喚すればよい。

一方、本質を理解できていない者は、情報の住処を何らかの実体(書類や本などの紙や、パソコンのハードディスクなど)に求める。彼らにとって情報とは実体として知覚できるべきものであり、質量を失うなど考えもしない。

この両者の世界観はことごとく対立する。情報のあるべき場所が決定的に異なるからだ。その結果、両者が混在する組織においては紙へ印刷をする/しない、情報をインターネットに上げる/上げないなど、いさかいが絶えることはない。これは情報の本質を理解する者としない者の宗教対立なのである。


2019/09/05

ルーチンタスクはChromeブックマークのフォルダにまとめて一気に開く

僕はルーチンタスクを「朝」「夕方」「週イチ」「月イチ」に分けて管理しています。朝・夕はニュースサイトやメールなどのチェック、週イチはお金やWebサイトの管理、月イチはパソコンやスマホのメンテナンス系が多いです。

それらのタスクはブラウザ上で完結することが多いので、Chromeのブックマークに各タスクごとのフォルダをつくり、実行のタイミングでフォルダ内のタスクを一気に開く、という方法を採っています。

すなわち、朝のルーチンであれば「Morning」というフォルダをChromeのブックマークに作成しその中に対象のページを入れておく。そして実行する際には「option+command+B」でブックマーク管理ページを開き、「Morning」フォルダの「︙」から「すべてを開く」を選択し、フォルダ内のページを一気に開くという流れです。


僕は画面を広く使いたいのでブックマークバーを表示させていないのですが、バーが表示されているのであれば対象フォルダを「command+右クリック」すると同様にすべて開くことができます。


こうしておけばタスクを開く手間は最小ですし、開き忘れるもないのでとても便利です。


2019/09/04

モノを探す時間が大嫌い

ムダ嫌いの僕がもっとも敗北感を感じるのが、自分のモノが見当たらずに探さなくてはいけなくなった時。

捜索の時間自体がムダであるというのもあるけれど、そもそもサクッと使えるように適切な配置・導線を組んでいたはずなのにそれが見当たらないのは完全なる仕組みの不備!それが許せない。

というわけで何かを捜索するはめになった際は、かならず次回へむけた改善策がセットで行われます。

なぜ意図した場所にそれがなかったのか、どう配置すれば見つけやすいか、出し入れの導線はスムーズかなどを考慮して、次回はすぐに使えるよう仕組みを変更しておきます。

ひとつひとつはホントーに細かいことなんですけど、それらが積もり積もってスムーズな生活につながっていくので、一切手を抜かずにやっております。


2019/09/03


2019/09/02

高いモノを持ちたくない

僕は基本的に高価なモノを買わないです。

根っからの貧乏性というのもあるけれど、高価なモノを買うとそれの管理に労力がかかり続けるのがすごくイヤ。

2~3万円のスマホであれば、不注意で壊れたり無くしたりしても「まぁいいや」で済ませられますが、10万円のiPhoneだったりするとさすがにおいそれとは諦められない。となると、決して壊さぬよう無くさぬよう日頃から注意を払う必要がでてきて負担になる、それがイヤ。

もし高価な腕時計を買おうものなら、いつ傷ついたりしないか気が気じゃなくなること請け合い。家に置いてたらそれはそれで家が気になるだろうし。

そんなわけで、高価なモノは極力買わないし持たない主義です。ていうか向いてない。

とはいえ、お金を払えば得られる便利さをみすみす放棄するのももったいない話だと思うので、自分にとって必要な機能を手に入れるためのお金は惜しみません。

結果として、購入するのは必要な機能を満たしている中で最安値のものというのがマイルールです。

その甲斐あってそれなりに平穏な日々を送っているのですが、このスタイルは使ってみて初めてわかる素晴らしさとか、デザインの価値とかにふれる機会をそもそも放棄しているスタイルでもあります。

でもまあその辺にトライするよりは気持ち的に楽な方がよいので、当面今のままのスタイルでいくと思います。


2019/03/11

シンプルは生、複雑は死

シンプルさと改善性の関係について考えてみます。

結論からいくとシンプルであればあるほど改善もしやすいです。

改善というのは好転を期待して対象に変化を与えることですが、変化には違和感がつきもの。変化を与えた後は、それに伴う違和感が「単なる不慣れ」なのか「本質的なズレ」なのかを見極める必要があります。(関連エントリー→変化により生じる違和感は「不慣れ」なのか「本質的なズレ」なのかきちんと見極める

で、改善対象がシンプルであればあるほど、違和感が単なる不慣れなのか本質的なズレなのかを見極めるのが容易になります。考慮すべき変数が少ないからです。

一方で対象が複雑だと考慮すべき変数が多いため、変化によって生じた違和感の正体を見極めるのが困難になります。

つまり、シンプルであるほど改善を行うハードルが下がり、複雑であるほどハードルは上がるということ。

となると、シンプルなものは改善が繰り返されますます価値が高まっていくのに対し、複雑なものは改善がなされることなく放置されていく。

これすなわち、シンプルは生、複雑は死ということ。

ゆえにぼくはシンプルをこよなく好みます。基本的に複雑になった時点で物事はそこで終わり。シンプルさの維持こそが生命線です。

改善とシンプル維持の両立が困難なケースも多々ありますが、そここそ知恵の絞りどころ。あの手この手を調べ、考え、試し、どうにか好手を見出します。好きなんです、この作業。たぶん日常生活のなかで一番好き。

ここに適性があるので、とりあえずぼくの生活はシンプルに保たれているのだと思います。


2019/03/10

石垣島の部屋を退去した翌日に天井が抜けた話

昨年末に石垣島で3年間住んでいた部屋を退去して、いまは千葉に戻ってきています。で、その退去した部屋、ぼくが出た翌日に天井がまるごと抜けたらしいです。

一階の部屋だったのですが、二階の水道配管に漏れがあり、溜まった水ごとズガンと天井が落ちたとのこと。

二階と三階はゲストハウス用にリフォームされている最中で、「完成するとなんやかんやで住みづらくなりそうだなー」と思ったのが退去を決めた理由の一つだったので、ある意味読みがあたったとも言えますが、さすがに天井が抜けるというのは想像の埒外。退去が1日ずれていたら冗談ですまない被害を被っていた可能性もあるので、まさに間一髪。

今回も含め大きめの節目で運のよさに救われたことが、これまでにもちょいちょいあります。毎回天に甘やかされてるなーと思いつつ、次もぜひまたよろしくねと幸運の神様にウインクするぼくなのでした。


2019/03/09

シンプルにするには知識が必要

ついにスマホデビューを決意した母親用に、新しいスマホのセットアップをしております。

コンセプトはシンプルに使いやすく。ですがこれって結構難しい。

シンプルにするということは不要なものをひたすら削っていくということなので、なにを消して良いか、何を消してはいけないかをまず理解していなくてはならない。動作を軽くするために、常駐アプリは極力少なくしておきたいところだけれど、うっかり必要な常駐アプリまで止めてしまうと動作に支障をきたしてしまいます。(ちなみにAndroidスマホです)

削ったあとに使いやすく整えるのも、これまた大変。あとから「あーその機能使えばもっと便利にできてた!」と発覚するのはイケてないので、基本的にすべての機能を知っていなければならないからです。

もともとAndroidユーザーなので基本的な設定には精通していますが、それでも機種依存の設定もそれなりにあるので、その辺ひととおり確認した上で最も使いやすかろう設定、配置に整えています。

シンプルにするには本質的な理解が必要というのは、スマホに限らず何事にも通じるところです。本質的な理解が必要ということは、それなりに労力がかかるということでもありますが、それをせずに複雑なままにしておくと、今度は日常的な使用にかかる労力がかさんできてしまうので、やはり始めのうちにクリアしておいた方がよい課題だと思います。

スマホの設定はあらかた終わったのだけれど、いまいちうまく動かないアプリがあるので動作確認中。

もうちょいがんばるぞー


2019/03/08

文章書きとしての目覚めは俵万智のカンチューハイ

過去にはブログを、今年に入ってからはnoteを日々書き綴ったりする程度には文章を書くのが好きなんですが、初めて自分はもの書きに適性があるんだなぁと気づいたのは高校生のときです。

当時国語の授業で一人に一首短歌が割り当てられ、その解釈や作者について文章にまとめて発表するという課題がありました。そこそこの分量書かないといけなかったので周りの友達はみなひーひー言っていたのですが、ぼくとしてはわりとあっさり書くことができて。

で、いざ発表したところ、同級生からも先生からもかなり好評。自分でもそこそこうまく書けた手応えがあったので、これは自分は文章書くのに向いてるんだなと自覚しました。

ちなみにぼくに割り当てられた短歌は俵万智の

「嫁さんになれよ」だなんてカンチューハイ二本で言ってしまっていいの

でして、ぶっちゃけ石川啄木や中原中也なんかと比べると論評しやすかったという運のよさもあったと思います。

大学時代は理工系ということもあり文章書いて得することはほとんどなかったのですが、働き始めてからはマニュアルや仕様書、報告書など文章を書く機会も多くなり、このスキルは結構重宝しています。

最近は動画を筆頭に文章以外の自己表現もさかんですが、ぼくには文章が一番合ってる気がするので、当面は文章書いて楽しんでいきたいと思います。


2019/03/07

自分に不都合な情報でも知っておきたい派

自分にとって不都合や不愉快な情報、例えば「自分がガンである」とか「恋人が浮気している」とかを知っておきたいか、知らずにいたいかは、けっこう意見が分かれると思います。

ぼくはといえばぜひとも知っておきたい派。というのもできる限り自分の人生をコントロールしたいという欲求があるから。情報があれば次の打ち手を考えることができますが、何も知らないと動くべきときに動くことができない。それがイヤ。

もちろん不都合な情報を知ることで相応のショックは受けるので、知らずにいたいという考えも理解はできます。が、それでもぼくとしては動くべきときにしっかりと動けない方がイヤなので、良し悪しを問わずできる限り情報は得ておきたいです。

これは完全に「自分は情報さえあればそれなりに対応することができる」といううぬぼれですが、物事を解決すべくあれこれ考えるのは好きなのでドンとこい。

あ、でもやっぱりあんまりヘビーなのは勘弁。


2019/03/06

確定申告用の公式PDFファイルが、すべて書き込み禁止な素晴らしき国ニッポン

確定申告戦線も終盤です。

お国もがんばって確定申告用の書類のフォーマットをPDFファイルでダウンロードできるように用意してくれています。

確定申告書などの手引き・様式

がしかし。これらのPDFファイルはすべて書き込み禁止の処理がされている。つまりパソコン上で記入して印刷することができず、一度印刷してから手書きで記入するしかない。

はあ???

書式を勝手に変更されたくないお役所的な気持ちは百万歩譲ってわからなくもなくもなくもないですが、それでも国民に強制的な手書きを強いることの不合理さを気に留めないその姿勢には感服します。

パソコンだけで完結したかったらe-Tax使えってことなんでしょうが、あんな使い勝手の悪いシステム使うのは絶対にイヤです。確定申告用のクラウドサービス使っているので二度手間ですし。

もうね、むりに働き方改革とか経済的成長とか目指さず、非合理をものともしない「なにがあっても変わらない国ニッポン」として世にうっていったらいいんじゃないですかね。まったく。


2019/03/05

怒る快感に取り憑かれてはならない

昨日ひさしぶりに仕事で怒りました。

基本的に怒りはメリットよりもデメリットの方が大きいので、おいそれとは使わないのですが、もろもろの状況を鑑みてここは怒っておいたほうが良いだろうと判断し、静かに怒りを表明。

で、ひさびさに怒ってみて思ったのが、やはり怒りには中毒性があるなぁということ。おそらく怒りの発露と同時に、脳ではなんらかの快感物質がでているのではないかと思います。

なので気をつけないと怒りに取り憑かれる可能性がある。

かつての会社員時代に、一度この怒りに取り憑かれたことがあって。自分としては正当な権利と主張をもってまっとうに相手を問いただしていたつもりだったのですが、傍から見ていた同僚から「どうしちゃったの??完全に別人だったよ?」と指摘され、自分が怒りに取り憑かれていたことが判明。

今思えば怒っている自分に陶酔した状態だったのだと思います。酒に酔った感覚にやや近いかもしれませんが、「自分は正しいことをしている」と信じきっているので、酔っていると気づきづらいのが危険なところ。自分が「上司」や「発注主」などの相手より強い立場にあるときに、このモードに入る危険性が高まる感じです。

そんなことがあったんで、以降怒りの使用には極力気をつけていて、

・基本的には使わない
・どうしても使う場合は最小限
・使った場合は「酔い」が覚めるまでうかつなことはしない

そんなことを心がけています。


2019/03/04

「不慣れ」に負けずに姿勢の改善に成功した話

昨日のエントリーで変化に伴う違和感には「単なる不慣れ」と「本質的なズレ」があるという話をしましたが、これまでの経験で最も大きかった不慣れは姿勢を矯正したときです。

もともとかなり猫背だったのですが、10年くらい前にふと思い立って姿勢の矯正に着手。姿勢が(むりやり)よくなるマットを会社の椅子に敷き、つねに良い姿勢で仕事するようにしました。始めは「こんなの無理」っていうくらい違和感があり、違和感どころか軽い痛みもあったのですが、「よい姿勢のほうが最終的には身体にとって自然で負担も少ないはずだ。なのでこれは本質的なズレではなく単なる不慣れだ」と信じて続行。その結果1年も経ったころには痛みも負担もなく、ごく自然によい姿勢を維持できるようになりました。

最初の違和感に負けて矯正をやめていたら今のよい姿勢は手に入らなかったわけで、やはり不慣れに負けずに変化を継続するのは大切だなと感じました。もちろん「どうしても痛みが取れないなど」明らかに本質的なズレとみなされる要素があれば、やめておくべきですが。

このケースは「そもそもよい姿勢を維持するだけの筋力がなかったのが徐々に鍛えられできるようになった」という話なので、たんなる不慣れとはちょっと違うかもしれないですが、ぼくの中で変化をポジティブに捉える大きな体験となっています。


2019/03/03

変化により生じる違和感は「不慣れ」なのか「本質的なズレ」なのかきちんと見極める

ぼくは効率化の類が大好きなので、「もっとこうしたほうが良いのでは?」と気づいたことがあったらすぐに配置や手順を変えてみたりします。

それがうまくいくこともあれば失敗することもあるのですが、どちらの場合でも何かを変えたときは、必ずそこに違和感を感じるようになります。今までとは異なる状態になっているのでそれは当然なのですが、ここで重要なのがその違和感が単なる不慣れなのか、本質的なズレなのかを慎重に見極めることです。

もしその違和感が単なる不慣れなのであれば、おこなった変更をもとに戻す必要はありません。少なくとも時間の経過とともに不慣れが解消されるまでは様子をみるべきです。ここで不慣れを原因にもとに戻してしまっては、せっかくの改善の可能性を潰してしまいかねません。

一方で変更に伴う違和感が本質的なズレにより生じているのであれば、それは早々にもとに戻すなり、他の方法を試すなりするべきです。

見極めが難しいケースもありますが、迷ったのであれば変えたものは継続してみて、やっぱりダメだと確信した時点でもとに戻せばよいと思います。

はたから見ていてもったいないなーと思うのが、「違和感を感じるのが嫌だからできるだけ現状を変えない」というスタンス。確かに違和感は一時的には不快感や効率の低下を生じるので、避けたい気持ちも分かるのですが、だからといって変化自体を拒んでしまうと、改善の機会を失ってしまいます。

もし改善していれば回避できたであろうロスをえんえんと続けることは長期的に見ると非常に大きな損失です。

その損失はぜひとも避けたいので、ぼくのスタンスとしては少々の違和感に怯えることなく、積極的にいろいろと変えていきたいと思います。


2019/03/02

書いた文章の呼称は記事?エントリー?note?

ブログ時代から悩んでたことなんですが。

ブログやnoteに書いた文章のことをなんて呼んだらよいのでしょうか?記事?エントリー?note?

一般名詞として一番近いのは記事だと思うのですが、辞書的な意味としては事実ベースのものを記事と呼ぶらしいです。

き‐じ【記事】
1 事実を書くこと。また、その文章。
2 新聞・雑誌などで伝える事柄。また、その文章。「事件を記事にする」「三面記事」
3 「記事文」の略。
goo辞書より

となると、主観で書きまくってるぼくの文章を記事と呼ぶのは明らかに違う。

ブログであれば正式名称はエントリーですが、いまいち市民権を得られていない感。ブログ民にしか通じない気がしたので、ぼくはあまりエントリーとは呼ばずに「昨日のブログでは」みたいに書いたもの自体もブログと呼ぶようにしていました。

書いてる場所がここnoteであれば、書いた文章もそのままnoteと呼ぶのが一番楽ちん。サービスとしてのnoteと、文章としてのnoteの混同がやや懸念されますが、「note書いた」というだけで「noteに文章書いた」という内容が伝わるのはとっても便利です。noteの知名度がそもそもどうなの?という点は時間とともに解消されていくことでしょう(希望)。

というわけで、ぼく的には書いた文章の呼称は

・ブログであればブログ
・noteであればnote

ということで暫定運用。

もし妙案ありましたらぜひ教えてください。


【2021/12/01 追記】
このブログを一時期noteへ移していた頃のエントリーです。


2019/03/01

とりあえずnoteで1ヶ月書いてみての振り返り

noteを毎日つづるようになってひとまず1ヶ月経過。現時点で感じたことをつれづれと。

ネタにはそんなに困らない

いままでの「書きたいことがあれば書く」スタイルから「とりあえず毎日書く」スタイルへ変えてみたのだけれど、ネタにはそんなに困らない。むしろ書いた内容をもとに、次に書きたいことが出てくるのでネタはどんどん増えてる感じ。

システム側の管理をしなくてよいのめっちゃ楽

過去のブログはレンタルサーバー+WordPressという構成だったので、システム側の管理になんやかんや手間がかかっていたのだけれど、noteはその辺手放しにできるのでめっちゃ楽。ページ構成などを自由に作り込めないのでつまらないかなーと思っていたのですが、むしろ書くことに集中できてよい。

SEO強え

「高木龍平」での検索で、noteが早くも3位(1位Twitter、2位MarkeZine)。SEO強化しているというのは伊達ではなかった。過去ブログ形無し。

死後に残せる安心感

レンタルサーバー+WordPressだと管理者たるぼくとその書いたものは一連託生ですが、noteであればぼくの死後も書いたものは公開し続けてくれる(はず)。死後に世に残せるものがあるというのは、なんとなく安心感。

パッと思いつくのはこんなところ。かなり気に入っているので、このままnoteで続けていこうと思います。


【2021/11/28 追記】
このエントリーを書いたときは龍論をnote上に移していました。その後Bloggerに移行し今に至ります。


2019/02/28

なぜTwitterの140字でなく、わざわざ長文を書くのか

日々ブログに文章を書き綴っているわけですが。

しばしば思うのが「これTwitterでよくね?」ってこと。僕が毎日書いている文章は、やろうと思えば余裕で140字以内にまとめられます。Twitterに投稿してはい終わりの分量。とすれば、なんでわざわざ書き手も読み手も時間をとられる長文として書くのか。

文章を書くのが好きだから、ですね。趣味として書く時間を楽しんでいるので、Twitterで終わらせずにブログに文章としてしたためているのだと思います。

読む側も同じではないでしょうか。ちゃっちゃと情報集めたいだけならTwitterやInstagramで十分なわけで、長文嗜好のある人がブログなどを閲覧しているのかな、と。

いわば「文字数による住み分け」がおこなわれているわけで、「短文の世界」をつくったTwitterはやっぱり発明だなーと思います。

読み書きのハードルとしては短文のほうがはるかに低いので、世の中的にはそちらがますますメインになっていくのだろうなと思いつつ、好きだからの一言にて、もうちょっと長文世界の住人でいたいと思います。

っていうほど長文じゃないですが。


2019/02/26

お店での支払いは基本クレカ。少額でも気にしない。

現金をこよなく嫌うぼくなので、お店での支払いは当然キャッシュレス。

その戦略は

・基本クレジットカード。少額でも気にせず使う。
・20%還元など明確なキャンペーンがある場合に限り、QRコード決済や電子マネーを優先的に使う。

といった感じです。

基本はクレジットカード。たとえ少額だろうとカードが使える店ではカードを使います。というのも、カードだと端数関係なしにポイントが付くので。

Edyなどの電子マネーでもポイントは付くのですが、¥100ごとに1%とかなので、¥100未満の端数にはポイントが付かないんですよね。そこがもったいないので、ポイントを総取りできるクレジットカードを優先的に使っています。

あと家計簿管理やポイント使用の面でも、できる限りクレジットカードに集約しておいた方が楽ちんです。

例外は明らかにお得なキャンペーンをやっている場合。今でいうとPayPayが最大20%還元キャンペーンやっているので、そういう時はPayPayが使えるお店であったらそちらをつかいます。キャンペーンに踊らされて余計なものを買うことは決してしませんが。

「お得な方法」を追求するのであれば他にいくらでもやりようはありますが、ゴチャゴチャするのは好きでないので、基本シンプルにまとめつつ、お得なところのみ手間をかけずにちゃっかり活用という方針でやっております。


2019/02/25

決済サービスの「Kyash」は名前を変えた方がよい

ムダ嫌いのぼくは当然現金の扱いも大嫌いなので、極力キャッシュレスな生活です。

んで、百花繚乱なキャッシュレスサービスのひとつにKyashというサービスがあります。スマホで使える仮想クレジットカードのようなサービスで、ネットショッピングで使ったり、ユーザー間で送金や割り勘ができたりします。還元率も高く(現状2%)、リアルカードを発行すればネットショッピングだけでなく実店舗での買い物にも使えるので、サービスとしてはかなりハイクオリティ。

なんですが、ぼくの周りでは使っている人はほぼ皆無。そしてぼく自身もこれを周囲に勧めたいとは思わない。

それは名前がややこしすぎるから。

仮にKyashで友達に送金すると伝える場合になんと言うか。「Kyashで送るねー」でしょう。これを聞いた友達は「キャッシュ?ん?何?現金で送る??」とまず混乱します。

それを防ぐためには「決済サービスのKyashで送るねー」という必要があるのですが、それでもまだ不安。Kyashというつづりにあまりにも馴染みがないから。万全を期すには「あのKではじまるKyashのサービスで送るね」という必要があるのですが、これはぼくが許容できるめんどくさいラインを遥かにオーバー。なのでぼくが対人間でKyashを使うことはありません。

そんなわけでKyashはこの名前であるかぎり、周りに勧めようと思わないし、おそらくそんなに広まっていかないのではないかと思います。サービスとしては素晴らしいので、個人利用で完結する機能のみ細々と使っていきます。


2019/02/24

以前に書いていたブログやコラムの紹介

僕は基本的にはこの龍論にて日々書きつづっていますが、別の場所で書いたものも少しあるので、紹介しておきます。

デジんちゅブログ

石垣島でパソコン教室をやっていた2017年ころに書いていたブログです。事業運営に右往左往している様が顕著にあらわれております。

MarkeZine(マーケジン)コラム
2008~2011年頃に書いたインターネットマーケティングに関するコラムです。当時は会社員だったのですが、社外に名前をアピールできるよい機会だったので積極的に書いていました。セミナーで名刺交換した人に「コラム読んでます」と言われると嬉しかったですね。

時折こういった過去に自分で書いた文章を読み返しては、なかなか良いこと書いてるじゃないかとひとり悦に入る暗い男ですが、どうぞよろしく。


2019/02/23

何事もよどみなく流れるのが一番

先日のエントリーではサーキュレーターを使って室内の空気をよどみなく循環させましょうという話をしましたが、空気に限らず全てよどみなく流れるのが一番だなと思います。

なにかおかしなことが起きるのは、たいてい何かがよどんでいるところ。空気がよどめばカビが生えるし、水がよどめばヘドロになる。よどんだ情報はその価値を失うし、人がよどめば不正の温床となります。身体で不調が起きるのもたいていは血液などがよどんだところでしょう(全く詳しくないですが)。

何事も適切にしっかりと流れ続けるのがよいのです。

となると重要なのは流れをつくるための導線設計。これがしっかりしていれば自動的に物事は流れていくので、最初にじっくり時間をかける価値はあるし、その後も随時改善していく必要があると思います。

ぼくは部屋にモノを増やすのを極端に嫌うのですが、それはモノがあるとそこによどみが生じやすくなるから、という理由もあります。モノのもつ利便性はもちろんあるのですが、物理的に流れをさえぎるという側面も必ずあるので、やはりモノの数は必要最小限にとどめたいなと思います。こよなく愛するサーキュレーターもモノのひとつではあるのですが。。

よどまず、くさらず、飄々とやっていきたいと思います。


2019/02/22

実は目のピント調節トレーニングは20年以上続けています

昨日のエントリーで触れた、目のピント調節機能を鍛えて老眼を防止するための、近くと遠くを交互に見るトレーニング。実はひそかに20年以上続けています。

最初に習慣として取り入れたのは大学浪人していた19歳のころ。夕方になると参考書の文字が二重に見えるようになってきて、「ああ目が弱ってきてるなぁ」と感じ、何か目を鍛える習慣をつくらなきゃと思ったのがきっかけでした。

で、毎日風呂の中で近くと遠くを交互に見るようにしたのですが、2ヶ月くらい経った頃ふと気がついたのです。夕方になっても参考書の文字がダブらない。おお!効果ありだ!

そんなことがあったので、ぼくの中でこれはかなり実効性のある目のトレーニングとして認識されており、以降えんえんと続けております。風呂の中やランニングの最中にやることが多いけれど、電車通学/通勤をしていたころは立ってつり革を持っているときに、つり革→窓外→つり革→窓外 てな感じでやったりもしてました。あやしい人と思われないようこっそりと。

それが年を経た今、そのまま老眼防止トレーニングになっているわけで、おそらくこれからもずっと続けていくと思います。


2019/02/21

ランニング中にできる老眼対策

ワタクシ、外見的にはかなり若くみられるのですが、じつのところ齢四十二。同級生のなかには老眼を気にし始めたものもちらほら。

特にぼくは強度の近視でして、そこに老眼まで加わるとやっかいなことこの上なし。だので、できるかぎり老眼にならないよう気をつけています。

老眼というのは要は目のピント調節機能の衰えなので、日頃からピント調節機能鍛えておけば、その発生は遅らせられるのではなかろうか。てなわけで、1日50回、近くを見て遠くを見てを繰り返してピント調節機能を鍛えています。

しかしながら、こういった無味乾燥な作業は忘れがちでサボりがち。そうならぬよう日々確実に遂行するには、毎日絶対に行う作業の中に組み込むのが上策です。

ということで、ぼくはこの作業を毎日のランニングの中に組み込んでみました。たいていランニングコースの途中にはクルマの入ってこない安全な箇所があるので、そこに入ったときを見計らって走りながら近くを見て、遠くを見てを繰り返しています。走っている最中は当然顔の前には何もないので、近くを見るときは鼻の頭に焦点あわせるようにしています。

と書いたそばから、実は最近は花粉が飛び始めているのでランニングはお休み中。なのでお風呂タイムで代替。湯船につかりながら、近く見て遠く見てを繰り返しています。遠くといっても、見ているのは天井の角ですが、近眼の目にとってはそれで十分です。

さあ効果のほどやいかに。


2019/02/20

人の働き方は山登り・川下り・海遊びの3タイプ

今日は仕事論。

人の働き方は大別すると山登り・川下り・海遊びの3つのタイプに分かれると思っています。すなわち、

・山登りタイプ
最初にゴールを決め、そこに到達すべくコースを決めたり体力強化を図ったりする。

・川下りタイプ
進むルートと速度はあらかじめ決まっていて、その範囲内で工夫して過程を楽しむ。

・海遊びタイプ
ひたすら自由に好きなとこに行ったり、好きなことをやったりする。

の3つ。どれが良い悪いの話ではありませんが、個人として好むタイプと、所属組織から求められるタイプは一致していたほうが幸せに働けると思います。

ざっくりした所感では、大半の組織は従業員に山登りタイプを求めている気がします。期首に個人目標を定めて、期末に達成度を評価するといったように。

一方で従業員側としては心の中では川下りタイプを望んでいる人がそこそこ多いのではないかと推測します。できれば川下りタイプで働きたいのだけれど、組織からは山登りを求められるので、しぶしぶ目標を立てて登ってるフリをしている的な。

かくいうぼくは会社員時代、完全にそのタイプでした。山登りのフリをする川下りタイプ。管理職に就いていたので、立場上期首ごとに組織目標と所属メンバーの個人の目標を立てていたのですが、内心「向いてないなー」と思いながらやってました。

というかね。川下りタイプに目標を立てさせると「今の流れのままでいけば順当にたどり着ける地点」をゴールに設定するんです。しかし組織のお偉いさんはたいてい山登りタイプなわけで、そんなゴールじゃ物足りない。必然「もっと高い目標を掲げろよ」とカウンターをくらうので、はてさてどの辺を落とし所にするかが、期首のいつもの悩みでした。

組織の中でも、山登り的な部署や川下り的な部署(まれに海遊び的な部署)があったりするので、自分のタイプにあった部署だと働きやすいと思います。

かつては川下りタイプだったぼくも、会社をやめて6年以上経った今は完全に海遊びタイプ。あっちこっちへフラフラしつつ、それなりに楽しくやっています。

今は明確な目的地もなく漂流している状態ですが、なにか見つけたときにすぐ動けるよう、船のメンテナンスだけはしっかりやっておこうと思います。


サーキュレーターで空気をしっかり循環させてカビ予防&エアコン効率アップ

ぼくはサーキュレーターが大好きです。扇風機よりもサーキュレーター派で、人に直接風を当てるのではなく部屋全体の空気を循環させることに重きをおいています。

理由はふたつあって、一つはカビの防止。カビが発生する大きな原因は湿気。であれば、つねに空気を循環させて湿気が滞留しないようにしておけばカビの発生はあらかた防げます。

もう一つが、エアコンの効き。空気をしっかり循環させておけば、一つのエアコンでかなりの範囲を冷やすことができます。石垣で自宅兼パソコン教室として使っていた部屋は2部屋で30畳以上あったのですが、うまくサーキュレーターを配置することで、12畳用エアコン1つで十分間に合ってました。

部屋全体の空気をよどみなく循環させるのに重要なのが、サーキュレーターの配置場所と向き。これを変えることで驚くほど循環効率が変わるので、この辺かな?と気楽に置くのでなく、いろんな場所と向きを試して効果的な置き場所をきめると良いです。直進して壁や天井にぶつかった空気がどのように向きを変えて進んでいるかの確認が重要です。

サーキュレーターは床に直接置くとかなり邪魔なので、できるだけ棚の上に置くとか、ネジをつかって壁に直接取り付けたりしてました。ただ、高い位置に置くと電源のON/OFFがやりづらくなるので、スイッチ付きの電源タップにつないでON/OFFは電源タップの方でやるようにしていました。まぁ、基本はつけっぱなしですけど。

サーキュレーターの裏技的な使い方として、室内の空気を強制排気するというのがあります。これはサーキュレーターを室内から窓の外に向けて回すというもの。間取り的に外気がうまく流れてこない部屋であっても、この方法で一気に空気を入れ替えることができます。夏に暑い空気がこもったときや、ニオイのでる食事をした後なんかにおすすめです。

サーキュレーターLOVE。

Amazonでサーキュレーターを検索


2019/02/19

ぼちぼち近所のセブン-イレブンで「メルカリの人」って呼ばれてると思う

昨年末に石垣島を離れ、しばらくぶりに千葉の実家に長期滞在中のワタクシ。

せっかくの機会なので、実家に眠っている数々の不用品を片っぱしからメルカリで売り払っています。各種ダイビンググッズに、スノーボード一式、五月人形、食器、DVD、果ては姉のウェディングドレスまで。

で、めでたくよく売れているので発送のために足繁く近所のセブン-イレブンに通っています。その頻度がけっこう尋常じゃないので、ぼちぼちセブン-イレブンのスタッフの間で「あのメルカリの人」と呼ばれてそうな気がしてます。

光栄だわ。レジでもつーかーで通じるので便利です。

たくさん売れたおかげで家の中もだいぶスッキリ。両親もご満悦なので、便利なサービスつくってくれたメルカリには感謝です。


2019/02/18

英単語学習をローマ字学習よりも先行させることで、英単語のカタカナ読みを防止する

ローマ字学習と英語学習はつくづく相性が悪いなぁと思います。

英語学習を始める前にローマ字を覚えた子どもは、初めてみた英単語をほぼ確実にローマ字読みします。そりゃそうですよね、アルファベットで書かれた文字列を日本語発音で読む方法(ローマ字)を教わっているわけですから、アルファベットで表記された英単語を見たら、まずローマ字読みを試みます。

これはすなわち英語を学習する以前に、アルファベットを日本語発音に変換する癖がついてしまっているということで、英語学習(特に発音)に対して非常に大きな足かせになる可能性があります。

なにせローマ字読みが適用できる部分はとりあえずそれで発音できてしまうのですから、正確な発音を身につける必要性は弱まります。するとその後もえんえんとカタカナ読みを繰り返すことになりかねません。

うーむ、どうしたものやら。

対策としては、ローマ字学習を始める前に、少しでよいので英単語にふれる機会を設けておいて「英単語は日本語の発音とはまったく違う口の形、違う音で読むんだよ」という認識をもたせておくのがよい気がします。その上で、追ってローマ字を教える際には「ローマ字は日本語の発音を、むりやりアルファベットで表現しただけのものだよ。英単語とは完全に別物だよ」としっかり伝える。こうすれば、英単語発音とローマ字発音の混同がある程度は防げるのではないでしょうか。

いたずらに子どもを混乱させないための教え方の順序は大切だと思います。


2019/02/17

エアコンの排水ホースには、ネットをつけて虫の侵入をブロックしておく

ぼくが虫、特に部屋の中にいる虫が大嫌いです。(→作業への集中を維持するため虫は絶対に部屋に入れない

昨年末まで石垣島で住んでいたアパートはかなり年季が入っていたので色々と対策をしないとあっさり虫が入ってきたのですが、今いる千葉の実家はそこそこ新しい家なので、さほど虫が侵入してくる心配はありません。

と、思っていたら室内でなかなかビッグサイズのクモを発見。うーむ、このサイズはちょっとした隙間から入ってきました、って感じではない。もっとしっかりした「抜け穴」から侵入してきている。

ということで侵入路として疑ったのが、エアコンの排水ホース。ここが無防備だと、部屋の内外がホースでダイレクトに結ばれてしまいます。

さっそく室外機近くのホースの端を確認してみると、案の定なんのガードもなし。これなら虫さん入り放題です。

対策は簡単。押入れに転がっていた網戸用の網を10cm四方くらいに切り取り、ホースの端にあててビニールテープで固定して完了。これで水は出ていくけれど、虫さんは完全にブロックです。

室内での虫さん出現にお悩みでしたら、一度エアコンの排水ホースのチェックをおすすめします。


2019/02/16

英語の「現在形」はあまりにもミスリーディングな呼称なので「日常系」と呼んではどうか

本日は英語のお話。

英語の教員免許を持っていて、ときどき子どもに英語を教えたりしてる身からすると、英語の時制のひとつ「現在形」はあまりにもミスリーディングな呼称で、いたずらに子どもを混乱させてると思います。

いわゆる(一般動詞の)現在形は

・I wake up early every morning.
・He always goes to school by bicycle.

みたいな感じで、日常的な習慣を表すのに使います。

本来、現在形とは時制が未定の状態なので、意味的には現在過去未来すべてを包括します。なので実際の用途としては、上記のような日常的な習慣を表す際に使うことになります。日常的な習慣であれば、現在過去未来すべてにまたがる行為となるので。

ところが、これを「現在形」と呼んでしまうとコトがややこしくなる。意味するところが現在だけではないのでそもそも言葉としておかしい上に、この後によく似た名前の現在進行系が登場するので、学ぶ側としてはさらに混乱をきたします。

「現在形と現在進行系ってどう違うの?どう使い分けるの?」とは、英語を教える人であれば誰しも聞かれたことがある質問だと思います。「現在形」と呼ばれるものの後に「現在進行系」なるものが登場したら、この質問が生じるのは必然なわけで、確信的に混乱を発生させている現在形の説明の仕方とそのネーミングにそもそもの問題があると思います。

ではどうすればよいか。例えば現在形の代わりに「日常系」と呼んでみるのはどうでしょう。こうすれば英文の意味するところに近いネーミングですし、字面的にも現在進行系との差別化が容易です。少なくとも「現在形」よりは混乱が少ないでしょう。

現在形という呼称はおそらく英語の"present tense"を直訳して使っているのだと思いますが、英語初学者にとってはそんなのはどうでも良いこと。そんなところにこだわるのではなく、より理解しやすい呼び方を使って、スムーズに英語学習が進むようにしたほうが良いと思います。


2019/02/15

がんじょうな子供用iPadケースは大人にも便利

僕のiPadには子ども用の頑丈なケースがついてます。プニプニと柔らかく、床に叩きつけても大丈夫そうな感じのやつ。



もともとは石垣島で子供向けのパソコン教室やってたときに、子どもがiPad使っても壊さないようにとつけたものですが、思いのほか便利なのでパソコン教室を終了した今でもそのまま使っています。

どの辺が便利かというと、

・とにかく頑丈。多少落としたりぶつけたりしても絶対に壊れないという安心感がある。
・取っ手があるので持ち運びしやすい。
・がっしりホールドできるのでお風呂でも使いやすい。

といったあたり。これを付けておけば気兼ねなくどこでも使うことができます。

難点はデカくてかさばること。カバンに入れて持ち運ぶにはけっこう邪魔になるサイズです。けども、ぼく的にはiPadを外に持ち出すことはまったくないのでノープロブレムな感じです。

お値段もお手頃ですし、おすすめです。

Amazonで「iPad ケース 子供用」を検索


2019/02/14

ポイントは一切貯めずにとっとと使う派です

お買い物をするともらえる種々のポイント達。クレジットカードのポイントとか、Tポイントとか。

んで、ゲットしたポイントの扱い方にはけっこう性格が出るなーと思ってます。ざっくりいうと貯める派と貯めない派。

僕は一切貯めない派。残ってるポイントがあったらたとえ少額であろうと、とっとと使っちゃいます。理由は

a. ポイントを使い損なうリスクの低減(失効とか、カード紛失とか)
b. ポイントには利息がつかない
c. ポイントよりも現金の方が圧倒的に自由度が高い

の三点。ポイントを貯めてて使い損なったら丸損だし、基本的にポイントよりも現金の方がはるかに有益だし便利なので、ポイントが使えるのであればポイントで払って、現金を温存するのが得策と考えています。

一方でポイントを貯める派もいます。なぜ貯めるのか理由をきいてみると

x. いちいち使うのがめんどくさい
y. 大きな買い物をするときに貯まったポイントを使いたい

といった感じ。いちいち使うのがめんどくさいのは分かる。手間を最小化するためにポイント使用頻度も最小化するのは、まぁ理にかなってる。

でも、大きな買い物に使いたいからは理解できん。一緒じゃないの?現金だろうがポイントだろうが一定期間内の支払い総額は一緒だよね?だったらa~bのメリットがある分、ポイントは先に使った方がいいんじゃないの??

と、理屈優先のぼくは考えてしまうのですが、あえてyの利点を想像するに、大きな買い物をするときの心理的負担が、ポイントを使うことで緩和されるんだろうな、と思います。

それにより、大きな買い物をする決心がつき、ひいては人生が前進するのであれば満を持して使われたポイントもさぞ本望でしょう。

なんとなく分からなくもない。でもね、でもでもね!

総額は変わってないからね!むしろリスクの方が大きいからね!てかポイントによる後押しとか抜きにして、その買い物が自分にとって必要かどうか見極めたほうがいいんじゃないの!?

と、はやし立てずにはいられないので、ポイントを貯める派とは一生分かりあえない気がします。


2019/02/13

Webページのスクロールはスペースキーでテンポよく

インターネットでの情報収集はできるだけテンポよく効率的にできるよう心がけています。

テンポよくWebページを読むのに重要なのが画面をスクロールさせる方法。マウスホイールでコロコロというのが一般的だと思いますが、僕は断然スペースキーでスクロール派です。

は?と思われた方。いまこのページをパソコンでご覧でしたら、スペースキーを押してみてください。1画面弱、一気にスクロールします。便利でしょ?これを使えば最小のアクション数で、ページを最後まで表示させることができます。

さらに言えば、キーボードのホームポジションから手を動かさずにスクロールできるのもスペースキースクロールの良いところ。手をマウスとキーボードで行ったり来たりさせなくて済むので、その点でもスムーズです

画像が途中で切れてしまう場合は多少の調節が必要になりますが、基本的にはスペースキーでがんがんスクロールさせて情報収集しています。


2019/02/12

e内容証明(電子内容証明)がMacユーザーにはトラップだらけだった話

野暮用にて内容証明郵便を送ることになりまして。

きけば「e内容証明」なるインターネットから内容証明が送れるサービスがあるとのことでさっそく使ってみたところ、まあトラップの多いこと多いこと。ということでe内容証明に潜むトラップとその攻略の記録です。

ちなみに僕はMacユーザーで、ブラウザはChromeを使っています。

さて、まずはe内容証明のトップページへ向かいます。「内容証明郵便」でGoogle検索すればすんなり見つかるかと思いきや、先頭に表示された日本郵便Webサイト内を3ページ遷移してようやく到着。早くもイヤな予感が漂います。

そのe内容証明のトップページ。何かがおかしい。


メールアドレスとパスワードを入力する欄はあれど、「ログイン」ボタンがない。それっぽいスペースはあるのだが、そこにボタンはない。ずいぶん手荒い洗礼だ。

軽くため息をつきつつ、対応環境(OS/ブラウザ)を確認してみる。すると対象OSはWindowsのみとの記載。


ははーん、このパターンね。Windows限定は「おかたい」組織のWebサイトではよくあること。部屋にはWindowsパソコンもあるけれど、わざわざ起動するのもめんどくさいし、経験上Windows限定サイトであってもMacで使えることは多々あるので、このままMacでの進軍を選択。

とはいえ、Chromeではログインすらままならないので、とりあえずFirefoxで開いてみる。すると


首尾よくログイン&新規利用登録ボタンが登場。よし、Firefoxで攻めよう。

そこからは割とスムーズに利用者登録。一通り入力が終わった時点で、登録したメールアドレスに仮登録完了メールが届き、メール内に記載されているURLをクリックして本登録完了。

ここで僕はミスを犯す。仮登録完了メールはブラウザからGmailで確認したのだが、その際に使用したブラウザはいつも使っているChromeだ。そしてメール内の本登録完了URLをクリックすれば、当然次の画面はChrome上で開く。

Chrome上で開く、普段ならそれで良い。だが眼前の敵、e内容証明にChromeは効かない。案の定、画面遷移は混乱をきたしログイン画面に戻される。あのログインボタンの存在しない絶望のログイン画面だ。


ここでようやく自分の犯したミスに気づき、あらためてFirefoxでのペネトレイト(ログイン)を試みる。しかし敵は未知の陣形で迎え撃ってくる。


「すでにログイン済みです」

何を言っているかわからねーと思うが、俺にもわからねぇ。催眠術だとか超スピードだとかそんなチャチなもんじゃあ断じてねえ。

ログインしようとしているユーザーに対し、すでにログイン済みと返してログインさせない。これ以上鉄壁の守備があるだろうか。頭がどうにかなりそうだ。。


などと、ポルナレフごっこをしていても埒があかないので、とりあえず案内どおりによくある質問を確認してみる。すると


「クッキーの問題なので、30分経ってから再度トライしろ」とのこと。なるほど。さっきミスった時にChromeにクッキーを持っていかれているので別ブラウザではログインできないけど、30分経てば自動的にログアウトされるので再度ログインできるようになる、と。

となれば待つしかないので、内容証明で送る文面を作りながら時間をつぶし30分経過。同じ轍を踏まぬよう慎重にFirefoxでログインを試みる。

ログイン成功!

と思った瞬間、次の敵が襲いかかる。いや、敵ではなく味方だ。普段は味方のあいつが、突然敵に回ったのだ。

「ポップアップをブロックしました」

ノーーーーーーーー!!

なんとe内容証明ではログイン直後の画面がポップアップで開く仕様になっていたのだ。普段は目ざわりな広告をブロックしてくれるありがたいポップアップ機能。だが、それが今回は完全にあだ!e内容証明の画面遷移を見事にブロック!!

対応が完全に後手に回っていることを自覚しつつ、e内容証明内でのポップアップを許可するよう設定変更。気を取り直して再度ログインを試みると


「すでにログイン済みです」

ま た お ま え か。また30分おあずけコースだよ!

さすがに再度30分待つのはイヤだったので、別のメールアドレスであらためて利用登録。ここまでの教訓をフル活用し、無事登録&ログイン完了。

住所登録などをスイスイと進み、たどり着いたのは文面ファイルのアップ画面。e内容証明ではMicrosoft Wordファイル(docxファイル)で文面のアップロードができるのです。

さきほどの30分待ちの間に作成したWordファイルを選択し登録ボタンを押したところ・・

「イメージファイルを作成できませんでした。再度ファイルを選択してください」

とのエラーメッセージ。嗚呼・・・。

実は僕が選択したWordファイルは、日本郵便のサイトからダウンロードしたサンプルのWordファイルを、MacにインストールしたWordで編集したものだったのです。が、Microsoft縛りのe内容証明さんには受け入れてもらえませんでした。

経験上このパターンをMacから乗り越えるのは無理筋なので、あきらめてWindowsパソコンでWordファイルを作成しアップロード完了。

しかし敵もただでは引き下がらない。最後の力を振りしぼって究極の選択をこちらに迫ってくる。

「アップロードされた文面のイメージファイルを次のどちらかの方法で確認してください」

・ブラウザで確認する(アドオンがインストールされます)【推奨】
・イメージファイルをダウンロードして確認する

ふっ。ここまでたどり着いた俺っちをなめちゃあいけねえ。あんたのその「推奨」っての、そりゃぁブラフだ。いやWindowsさんにとってはそっちもいいだろうよ。だが、今日の舞台はMacだ!Firefoxだ!あんたの言うその「アドオン」とやらは果たしてFirefoxにも通じるのかな?

答えは 否 だ!!

と、確信をもってダウンロードを選択。ってかWindowsであってもイメージファイルをダウンロードして保存しておけるのであれば、その方が安心じゃん?「推奨」の意味がわからん。

あとはクレジットカードで支払いをおこなって、無事送信完了。やれやれだぜ。

以上、Macユーザーによるe内容証明攻略の記録でした。


(追伸)内容証明は単なる支払い催促なのでご心配なく。


2019/02/11

Webサイトでの不毛なページ送りは「uAutoPagerize」で回避する

 インターネットでの情報収集はできるだけテンポよく効率的にできるよう心がけています。

昨日のエントリーでは「Ctrl+クリック」でリンク先を別タブとして表示する方法を紹介しましたが、今日はリンク先ページでの不毛なページ送りを回避する方法の紹介です。

ここでいう不毛なページ送りとはこれのこと。


Webサイト運営側としてはなんらかの必要性(PVの増加、広告の切り替えなど)があってやっていることなんでしょうけど、記事を読む側としては邪魔なだけ。

この不毛なページ送りを回避できるのがブラウザの拡張機能 uAutoPagerize です。僕はChrome版を使っていますが、Firefox版もあるようです。これを入れておくと、上記のようなページ送りをあらかじめ自動で読み込んで、


このように、あたかも1つのページのように表示してくれます。最高。

不毛なページ送りを実装しているWebサイトなぞ情報収集の対象から外してしまえば一番スッキリするのですが、有益な記事が載っていることもしばしばあるので、この拡張機能を使って折り合いつけています。

ちなみにニュースサイトだけでなく、Amazonのレビューページなんかでも1ページにまとめてくれるので、とりあえず入れておいて損はない拡張機能だと思います。


2019/02/10

リンクを「Ctrl+クリック」して効率的に情報収集する

僕がパソコンでインターネットをうろうろしている時によく使う技にリンクを「Ctrl+クリック」というのがあります。

通常リンクをクリックするとリンク先のWebページへ移動しますが、Ctrlキー(Macは⌘キー)を押しながらクリックすると表示画面は変わらず、別タブとしてリンク先のWebページが開かれます。

これが情報収集の際にすこぶる便利でして、例えばGoogleの検索結果画面からイケてそうなページを「Ctrl+クリック」でいくつか先に開いておいて、一通り選び終わったら検索結果ページを閉じてリンク先ページを順番に読むということができます。こうすると検索結果ページとリンク先ページを行ったり来たりしなくて済むので、とても効率的。

検索結果ページに限らず、Twitterでもニュースサイトでもテンポよく情報収集できるよう、とりあえずリンク先は「Ctrl+クリック」でまとめて開いて後から読む、というスタイルでやってます。


2019/02/09

メガネの鼻あて掃除には電動歯ブラシが最適

僕はメガネユーザーなのですが、しばらく使っていると当然汚れてきます。

レンズなんかは簡単に磨けるのですが、やっかいなのが鼻あて。やたらと入り組んでいて、奥まった部分の汚れがなかなか取れない。

そこで登場するのが電動歯ブラシ。これならブラシを当てるだけで、鼻あてはピカピカ。普段ハミガキに使っているブラシをそのまま使うのは抵抗あるので、使い古しのブラシをメガネ掃除用に使っています。

メガネ&電動歯ブラシユーザーの方はぜひお試しあれ。


2019/02/08

久々に行ったドン・キホーテで食料品しか買えなかった話

少し前の話になりますが、昨年石垣島にドン・キホーテがオープンしました。普段から買い物に不便を感じていた島人にとっては待望のオープン。

当時石垣島に住んでいた僕も友人とさっそくお買い物にいきました。品揃えはさすがで、これまで島のどのお店にもなかった品が目白押し。

だがしかし。気になる品は多々あれど、カゴに入れる前に頭をよぎるのは「これAmazonで買ったらいくらだろう。いや、同様の商品でもっといいのがあるのかもしれない。レビューも確認しておきたいな」ということ。

結局その日に買ったのは食料品数点のみ。2カゴ山盛りに買った友人とはあまりに対照的でした。

しみじみ思ったのが自分的にモノを買う基準が厳しくなってるなーということ。ネットでの比較検討が日常になっているので、店頭で見た商品とパッケージだけではあまりに情報不足でとても購入に踏み切ることができない。さらに必要最低限のモノしか買わない性分とも相まって、衝動買いとはすっかり無縁になってしまいました。

おかげで買い物で失敗することはないけれど、予想を超えて成功することもないわけで、エンタメとしてのショッピングをエンジョイし損ねてる感は否めません。

と分かっていながらもこの性分を変える気はないので、ぼくはずっとこのままです。合掌。


2019/02/07

久々にテレビをオンタイムで見たけれど、やはり見るに耐えなかった

僕は基本的にテレビをオンタイム(放映時間)で見ることはなく、見たい番組は全録機を使って後からみるようにしています。オンタイムで見るのはスポーツ中継くらい。

ただ、今は一時的に実家滞在中でして食事の時間についてるテレビをオンタイムで見ることが多々あります。

久々にテレビをオンタイムで見た感想は、見るに耐えない。うまくやれば5分、10分で伝えられそうな内容をひたすら薄め引き伸ばしてむりやり30分やら1時間やらの番組にしている。限られたネタをあの手この手で引き伸ばして視聴者をだまくらかし、ひたすらテレビの前に座らせ続けることに心血注いでおられる。それに乗って番組を見続けることには敗北感すら感じます。

そんな番組本体と比べると、むしろCMの方が面白い。CMには15秒、30秒という限られた時間の中でどうにかして視聴者に企業側が望む行動をとらせようという明確な意図があるので内容も濃いですし、作り手の創意工夫も見て取れます。宣伝している商品やサービスはともかくとして、こめられた意図と工夫を読み解くのは楽しいです。

とはいえ録画で見るときは当然のようにそのCMも飛ばすのですが。

番組制作側の意図(ほぼ悪意)に振り回されず、自分が主導権握った状態で見るにはやっぱり全録機は必須だなーと、あらためて思った次第です。


2019/02/06

寝る前に布団の中で思い出した予定やアイデアはGoogle Homeに覚えておいてもらう

Googleのスマートスピーカー、Google Homeを毎日便利に使っています。

最近特に便利と思ったのが、夜布団に入ってぬくぬくしだしてから明日やらなきゃいけないことや、いいアイデアを思いついたとき。あー、朝になったら絶対忘れてるだろうなーと思いつつも、布団からは絶対に出たくない。

そんなときは「OK Google。リマインダー 明日8時に XXXX」とお願い。こうすれば、翌日指定した時刻に教えてくれます。聞き逃してもGoogleカレンダーにも登録されているので安心。

ういやつ。ほめてつかわす。


2019/02/05

「明日は時間割り通りですか?」と毎日確認する小学生でした

小学2年生くらいまで、担任の先生に「明日は時間割り通りですか?」と毎日確認していた記憶があります。

なんというか生活に不確定要素があるのがイヤだったのです。普通に考えれば「短縮日程」とか「時間割り変更」などのアナウンスがなければ時間割り通りなのは明白なのですが、それを自分の中で確定事項にしておかないと気が済まず、毎日確認していました。ときおり先生が僕の確認に対して「あっ忘れてた、明日は短縮日程だ」なんて言い出すもんだから、やめるにやめられず。

さすがに3年生以降になると時間割りの確認をすることはなくなりましたが、根本的な部分は今でも変わっていません。生活に存在する不確定要素はひたすら排除する気質です。

目につくトラブルの芽は極力すべて摘み取ったうえで、自分に関わるモノ・情報を徹底的に最適化して将来的なトラブル発生も未然に防ぐ、というのが僕の基本的なスタイルです。

おかげで見事なまでに平穏無事な日々を過ごしているのですが、これは刺激がない日々とも言えるもの。トラブルを刺激と言ってよいのかは微妙ですが、とにかく予期せぬ出来事というのはほとんど起きません。

このマンネリを脱するには「全力をもってしても制御しきれない環境」に身を置くしかないんだろうなーと分かってはいるので、そのうちそんな環境に飛び込んでみたいと思います。

気が向いたら。

多分。


2019/02/04

なぜコンピューター用語はわかりにくいのか

昨日のエントリーではパソコン初心者向けの用語言い換えについて触れました。今日はそこから発展させて、なぜコンピューター用語はわかりにくいものが多いのか、を考えてみます。

コンピューター用語がわかりにくい理由、それはコンピューターが基本的に英語文化圏でつくられているからです。

コンピューターを構成する部品はもとより、ユーザーの目にふれることが一番多いパソコンやスマホのOSを設計・開発しているのは基本的にMicrosoftやAppleなどのアメリカの大企業です。そんな彼らは当然のように英語で思考し、英語で設計・開発を行います。するとできあがるものも、当然英語で使うのに最適化されたものになります。

そこから日本語でもつかえるように表面上の使い勝手のみを変更するので、日本人にとってはわかりにくかったり、不自然と感じる部分が多々残るのです。

ちらっとiOSに目をやっただけでも「コントロールセンター」「アクセシビリティ」など難解な用語だらけ。日本人が0から開発したOSであればこのようなことは起きないでしょう。

しかしながら、コンピューター業界の大半のシェアを英語圏企業が握っているのはまぎれもない事実。我々はこの不自然さを甘受するしかないのか。

コンピューターのもつ不自然さを解消し、自然に使う最もシンプルな方法は、コンピューターを英語で使うことです。英語用につくられたものを、英語でそのまま使う。これなら不自然さが発生する余地はありません。実際ぼくはそうしています。パソコンもスマホも表示言語はすべて英語にしています。

とはいえ、これは英語になじみの無い方にとってはハードルの高い方法だとおもうので、現実的にはできるだけ自然な日本語訳にしてもらう、というところしかないかなと思います。

だがしかし、操作画面に自然な日本語を表示しようとすると、こんどは表示スペースの問題が出てきます。自然な日本語はどうしても文字数が多くなりがちなので、狭いメニュースペースや小さいボタンなどに収まりにくいのです。そこでやむを得ず簡潔な表現やカタカナ直訳にした結果、ユーザーにとっては分かりづらい表示になる、ということだと思います。無念。

以上、ここまで書いてなんら解決になっていないですが、決して悪意があるわけでなく、そういう背景があってわかりにくくなってるんだよ、というのはぜひ知っておいてください。


2019/02/03

パソコンが苦手な人に説明するときの言い換え術

パソコンサポートの仕事をしていると、パソコンが苦手な人にたいして操作を説明する機会が多々あります。

そのときに厳禁なのが難解なカタカナ用語をつかってユーザーを混乱させてしまうこと。これをやってしまうと、その場の説明が滞るだけでなく、「パソコンはやっぱり難しい、もうやめとこ」と思わせてしまいかねません。これはユーザーの人生にとってあまりに大きな損失。

そうならないように、できる限り平易な言葉を使って説明するようにしています。

例を挙げると

クリック・・・カチっと
ダブルクリック・・・カチカチ
ドラッグ&ドロップ・・・ぐいっと引っ張って置く
ハードディスク・・・データを保存しておく部品
メモリ・・・パソコンをすばやく動かすための部品
Wi-Fi・・・無線の電波
スタートボタン・・・左下の旗のマーク
アプリ・・・いろんなことをやるための道具

といった感じ。

説明の間ずっと言い換え続けるかはユーザーさんの姿勢によって使い分けています。積極的に用語を覚えようという意欲のあるユーザーさんであれば、「ハードディスク、さっきもでてきたデータを保存しておく部品ですね」といった説明ゼリフを交えつつ、徐々にカタカナ用語になじんでいってもらいます。

パソコン自体にはさほど興味がなく、とにかくやりたいことさえできればOKというユーザーさんであれば、最後まで言い換えた用語のみで説明します。

用語の段階でつまづいてしまい、楽しく便利なパソコンの世界を知る機会をのがしてしまうのは本当にもったいないので、できるだけスムーズにパソコンに親しんでもらえるよう配慮していきます。


2019/02/02

どうしてWindowsパソコンの初期画面は汚いのか

昨日のエントリーではWindowsパソコンへの不満(いらないプリインストールアプリ多すぎ!画面汚すぎ!)を書き散らしましたが、ではMacパソコンはどうなのか。

Macにもよけいなプリインストールアプリが入ってないわけではないけれど、Windowsよりはぐっと少なめ。しかも画面を汚す下品な配置にはなっておらずお行儀よく収まっています。カオスなWindowsとは雲泥の差。

この違いはどこからくるのか。

それはパソコンの根幹をなすハード(機械)とOSを、同じ会社で作っているか、別々の会社で作っているか、ですね。

MacはハードもOSもAppleが一貫して作ってるので、「ユーザーにこう使ってほしい」という完成形で販売することができます。美的感覚を重視するAppleなので、汚い状態でユーザーに手渡すことはしません。

一方のWindowsパソコンは、OSの作り手であるMicrosoftとハードを担当するメーカーが別。

MicrosoftとしてユーザーにWindowsをこう使ってほしいという姿はあるのだろうけど、最終的にユーザーに販売するのがパソコンメーカーであるため、どうしてもメーカーの手心が入った状態で販売されてしまう。

メーカーとしてはできるだけ安く販売したいので、ゲームアプリの会社などからお金をもらうかわりに、自社パソコンにゲームアプリをプリインストールし、なおかつ目立つ位置にアプリを配置しておくという所業に手を染める。はたしてWindowsパソコンはカオスな画面でユーザーの手に届くのです。

メーカーの言い分的には安くパソコンを提供するための企業努力なのでしょうが、結果として使いづらい状態のパソコンをユーザーに渡しているという点は考えものです。

対策としては、昨日のエントリーのようにきれいにお掃除してから使い始めれば問題ないので僕的には安く販売してくれてありがとう、ですが。

興味があるのがMicrosoftが自らハードまで手がけたSurfaceシリーズがどのような初期状態で販売されているのか。購入したことがないので実態はわからないのですが、希望としてはAppleのように、MicrosoftとしてWindowsパソコンはこう使ってねという理念を表現してて欲しい。あっさり裏切られそうだけど(笑)


2019/02/01

Windowsパソコンのセットアップはよけいなアプリの削除から

ここ数日両親が新調したパソコンのセットアップをやっていたのですが、新品のWindowsパソコンを見るたびに、プリインストールされている不要なアプリの多さと、そのアピールによる画面の汚さにうんざりします。

裏でいろいろとお金が動いているのはわかるのですが、いらないアプリにパソコンリソースを奪われるのは許せないので、セットアップするときはいつも不要アプリの削除と画面の整理から入ります。

まずはアプリの削除。ゲームなどいらないアプリが山ほどインストールされているのでどかどかアンインストール。アプリだけでなくプログラムにもよけいなものが入っていることがあるのでこちらも忘れずに削除。(いまだにアプリとプログラムが共存してるの、ほんとにセンスない)

アプリの削除が終わったら次は画面の整理。デスクトップに置かれてるショートカットファイルは全て削除。続いてカオスなスタートメニューのピン止めをすべて解除。同様にタスクバーのピン止めもすべて解除(エクスプローラーだけは残してもよいかも)。

これでたいぶ画面がすっきり。個人的にはアクションセンターとコルタナも使わないので、ついでに消しときます。

ここまででようやくスタートライン。やっと必要なアプリのインストールや各種設定が始められます。

仕事で小さな会社やお店のパソコンサポートに伺うことも多いのですが、上記作業がされずにごちゃごちゃな初期状態のまま使用されていることがほとんど。パソコンメーカー都合の初期状態によって、いったいどれだけのパソコンリソースとユーザー時間が浪費されているのでしょうか。

Microsoftとパソコンメーカーは、何を真に優先すべきなのかあらためて考えてみても良いんじゃないかと思います。


2019/01/29

作業への集中を維持するため虫は絶対に部屋に入れない

 僕は虫が大嫌いです。正確にいうと部屋の中にいる虫が大嫌い。蚊とかコバエとか、黒いあいつなんてもう最悪。完全に虫ヘイト。

なぜそこまで虫を嫌うかというと、単純に気持ちが悪いからというのもあるのですが、何より虫の出現により集中がとぎれ、退治のために作業を中断せざるを得なくなるのがイヤなのです。

さらに言えば虫はワープして部屋に入ってくるわけではないので、虫の侵入というのは物理的に防げる事象。にもかかわらず室内に虫がいるのであればそれは物理的に落ち度があるということで、僕的には看過できない状態なのであります。

ということで部屋には徹底した防虫対策。

・窓サッシの隙間はテープ、ティッシュ、小さく切ったスポンジで埋める
・壁の隙間はすべてコーキング剤でふさぐ
・玄関まわりに100円ショップの網戸用虫除けスプレーを吹き付けてガード(虫コ○ーズの類より効果的な気がする)

などを施し、虫フリーな環境を維持するよう努めております。隙間をすべてふさぐとエアコンの効きがよくなるという、嬉しいおまけもあり。おすすめです。


2019/01/28

作業に集中するには視界によけいなものを入れない

僕は自宅でパソコンを使って作業することが多いのですが、できるだけ作業に集中できるようパソコンに向かったときの視界によけいなものを入れないというのを心がけています。

理由は単純で作業中にパソコンのモニター以外が視野に入ってしまうと、どうしてもそちらに意識がいってしまい思考が中断してしまうからです。読みかけの本、予定を書いた付箋、お知らせのはがきなど机まわりに置いておきたくなるものは多くありますが、どれもパソコンに向かったときの視界に入らない場所におくようにしています。理想は机を壁に向かって配置し、見えるのはモニターと壁のみという環境ですね。

とはいえ、ペンやメモ帳などちょっとしたものを机上においておきたいこともあります。そんな時は開いたノートパソコンのモニタの裏に置きます。ここなら作業中は視界に入りませんし使いたいときにはサッと取り出すことができてとても便利。

集中力自体を自分でコントロールするのは難しいですが、環境はある程度自分でコントロールできるので、高い集中力を保つには集中しやすい環境をつくるのが重要だと思っています。