2016/12/21

追い風にきちんと気づく

今日も日課の海沿いランニング。

いつも以上に軽い足どりに気を良くしつつ、港のふちで折り返し。

すると、とたんに向かい風。

なんてことはない。行きに快調に感じていたのは追い風のおかげで、折り返したらそれがそのまま向かい風になっただけ。

行きは気づかずに追い風に助けられてたんだなーと思いつつ、向かい風の中走って帰ってきました。


さて。

身の回りに一人はいる、常に不平不満を言っている人。

そういう人は、向かい風ばかりを感じてるんだと思います。さりげなく助けてくれている追い風に気づくこともなく、感謝することもなく、自分が感じてる向かい風にのみ不平不満を言う。

そりゃ不満だらけになります。


そんな人におすすめなのは、すこし走るペースを落としてみたり、立ち止まってみたり、あるいはちょっと逆方向に走ってみたりすること。そうすれば自分がどんな風の中にいるのか分かります。

自分がおかれている状況がきちんとわかれば、口をついて出てくるのは一方的な不平不満ではなく、前向きな改善案になるでしょう。


年の瀬だというのにランニングは半袖短パンの石垣島。

では。

2016/02/21

なぜ ”the”でなく”a” perfect humanなのか

オリエンタルラジオの新ネタ(新曲?)「PERFECT HUMAN」が人気を博しています。

オリラジが遂にiTunesの頂点に、「PERFECT HUMAN」が総合チャート1位。

オリラジのクレバーな感じはとても好きなので存分にがんばって欲しいのですが、ネタ中で中田が発する「I’m a perfect human.」というセリフに気になる点があるので考察してみます。


ネタ中で中田は何度も自らを「I’m a perfect human.」と称するのですが、これ本来であれば「I’m the perfect human.」とするべきです。なぜなら中田は「勝者の頂点」「真の支配者」と紹介されており、これは唯一の存在を示す"the"の要件を十分に満たしているからです。

なのになぜ、"the" ではなく"a" perfect humanなのか。

考えられるのはperfect humanたる中田と、藤森を始めとした民衆の間に温度差というか認識の相違があるということ。

中田としては、「I’m a perfect human(私は数いる完璧な人間たちのうちのひとりだ)」という客観的な事実を無表情に発しているだけで、世界を支配する気などない。

一方で、藤森は中田を「勝者の頂点」「真の支配者」などとあがめたて、「感謝の言葉 彼に乱射」「民共崇める準備はいいか?」などと民を過剰にあおり立てている。

つまり背景にあるのは、民の支配などに無関心な中田をよそに、藤森が勝手に中田を神格化し民を煽動して騒乱をおこしているという世界観なのです。

というわけで、the perfect human ではなく a perfect human なんです。
 

・・・なんていう理屈を考えてみたのですが、実際のとこ中田も件のセリフのとこ以外ではノリノリでダンスしてトップに君臨する気まんまんなんですよね。。やっぱりここは素直に「I’m the perfect human.」とする方が正解なんじゃないかと思います。
 

ちなみにperfect human の類義語として思い出されるのが究極生命体(ultimate being)のカーズ様。彼はもう唯一絶対の存在として世界を支配するためだけに生まれてきたので「the ultimate being」を名乗るだろうなーと思って調べてみたら、やっぱりそうでした。

THIS IS THE BIRTH OF CARS, THE ULTIMATE BEING!!!


以上、あいかーらずどーでもいいことを考えて遊んでる平和な日曜の午後です。

確定申告めんどくさい。


では。