2012/05/24

あなたが稼ぐものは何ですか?

今日のテーマは「稼ぐ」。

稼ぐという行為を行うとき、その対価として得るもの(期待しているもの)はなんでしょうか?

普通はまずお金ですよね。多くの人はお金を稼ぐために働きます。

それだけでしょうか?

経験を稼ぐ人もいますね。お金はさっぱりだけど先々に向けた経験になるから今はこの仕事をやろう、と。

他には?

僕は更に信用も重要な稼ぐ対象だと思ってます。一緒に働いた人からの信用や、仕事を通じて幸せにした人からの信用。これは次に繋がる貴重な財産です。今まではなかなか可視化が難しかった信用ですが、ソーシャルネットワークの普及によりかなり可視化されるようになりました(「友達」とか「いいね!」とか寄せられているコメントとか)。今後、人の状態を表す指標として信用は非常に重要になっていくと思います

という訳で対価という観点で仕事を選ぶ際、得られる「お金・経験・信用」の3つのバランスを見極めてどれにするか決めるのが良いんじゃないかと思います。自分が目指すべき状態になるになるために必要な要素は何か?それを稼げる仕事は何か?といった感じで。

と言いつつ、実は対価云々を気にせずにやりたいことをやるのが一番じゃないかと思っています。それが一番共感(≒信用)が集まるし、そこで集めた信用がその先全てのベースになると思うから。この点については、そのうちに改めてまとめてみたいと思います。

とりあえず今回は、「お金・経験・信用」の3つを稼ぐ対象として認識してはいかがでしょうか?というところで。

では。

 
【2021/01/14 追記】
もっともらしいことを言っているけど、稼ぐ際に何を原資とするかの観点が抜けている。

多くの場合、稼ぐ行為の原資となるものは時間。言い換えれば分割した命。

であればその対価としては、「楽しかった、やってよかったという満足感」は譲れないですね。その上でお金とか信用とか経験がついてくれば、なお良し。

そんな風に生きていれば、人生振り返ってみて後悔することはそんなにないんじゃないかなーと思います。

2012/05/21

モノをバックアップするという発想。

個人的に今もの凄く注目しているテクノロジーが3Dスキャナです。モノに対してレーザー光を照射することで、モノの形をデータとして取り込む機械です。

3D造形の分野では、3Dでモノを復元する3Dプリンタが(一部で)話題になっていますが、個人的には3Dスキャナの方に注目してます。

3Dスキャナはモノのバックアップに使えるからです。

今や本や紙の資料は、スキャナで取り込めば一発で電子的なバックアップが可能です。必要に応じて電子ファイルを元に印刷し直すことで、必要な情報はほぼ紙面に復元されます。

でも、モノのバックアップはそうはいきません。個人的にモノを記録に残す際にはデジカメで写真に撮っているのですが、その時点で欠落してしまう情報が非常に多い点には不満を覚えています。重さとか、質感とか、匂いとかは写真にした時点で完全に情報として抜け落ちます。

モノは捨てたいけれど情報は正確に残しておきたい僕にとって、ここは是非改善しておきたいポイントです。
(余談ですが、僕が最終的に残しておきたいのはモノでもデータでもなく、それにまつわる記憶です。その記憶を喚起するのには、情報が正確であればあるほど良いんですよね。)

そこで3Dスキャナの登場です。3Dスキャナを使えば少なくともモノの大きさと形はある程度正確にデータとして保存することができます。そして必要に応じてそのデータを3Dプリンタに送れば、モノを原寸・原型で復元してくれます。写真として平面で見る以上に、モノとして目の前にあった方が記憶はより鮮明に蘇るのではないでしょうか。

カラーの3Dスキャナ、3Dプリンタも出てきているようなので色の復元もいけそうです。

あとは、質感、匂いですかね。これをやるには成分データも一緒に保存/復元する必要があると思うので、実現はもうちょっと先かもしれませんが(どっかで研究してそう)。それこそ実現できたらドラえもんのフエルミラーの世界です。(しかも左右逆にならない!)

非常に楽しみなテクノロジーなので個人的にとっても期待しています。

と持ち上げておいて、いざ目の前に来ると「めんどくさい」と言って相変わらずデジカメで撮ってそうな気もしますが

では。


【2021/01/14 追記】
さらに想像をふくらませるなら、高性能な3Dプリンターが行き渡った世界では、モノを購入する際に販売されるのは構造データだけになるのではないか。構造データをから3Dプリンターでモノを復元し使用する。

そうなると始めからデータはあるので、3Dスキャナーの出番はなくなりますね。

当然、構造データからは複製し放題になるのでそこに対するコピーガードがかけられる。けれども海賊版が出回り・・・という歴史を人は繰り返しそう。

2012/05/17

友達について考えた朝

今日は大崎での朝活に参加してきました。今回のテーマは「友達」

8名の参加者が順番に自身の交友範囲や友達観について発表しました。

他の方の意見を聞きながら、つくづく友達という概念も一括りにはできない難しい概念だなと思いました。そもそも人間関係自体が、家族、恋人、同級生、同僚、先輩/後輩などなど様々な形がある中、どこからどこまでを友達と見なすかなんて、きっちりぱっちり明確にするのが無理な話ですよね。

さてそんな中、僕の意見としては、

・一定の時間と空間を共有すると友達になる。
   (学校とか、塾とか、会社とか、スポーツとか、旅行とか)
・つながりの深さは一緒に過ごした時間の密度(濃さ)と長さに比例する。

みたいなことを例によって理屈っぽく話しました。

旅先で知り合うと、時間が短くてもめちゃくちゃ仲良くなりません?それは一緒に過ごす時間の密度が極めて濃いからだと思います。

加えて友達とはちょっと違うのですが、自分のブログの読者が最近自分にとってとても大切な存在になってきていという話もしました。これを読んでくれている方達ですね。(決して媚びている訳でなく。)

繰り返し読みにきてくれている方も結構多く、僕の文章を楽しんでくれている人がどこかにいるというのを非常に嬉しく思っています。

と言いつつも、更新頻度は一向にあがらないのですが(笑)。

これからも気ままに書き綴っていきます。

本日司会のA原さん始め、参加の皆様ありがとうございました。皆様もとっても大切な友達です。(だって毎回中身が濃いし!)

では。

 
【2021/01/13 追記】
SNSの登場により大きく様変わりしたのがこの友達という概念だと思います。

SNS以前は「少なくとも一度はリアルで会う」のが友達の必須条件だったと思うのですが、SNSやオンラインゲームの登場以降は対面なしに友人関係になることも可能となりました。

それも含めて定義自体が移り変わっていくものなので断定的なことは言えないですが、言えるとすれば「双方が友達と思っていれば友達」ということぐらいでしょうか。

2012/05/13

「叱る」という価値観の押し付けの前にやるべきこと。

今回は叱るについて考えてみます。

まず、叱るとは何か。

一言でいうと叱るとは価値観の押し付けです。

もう少し細かく言うと、
・ある価値観の中において、
・立場が上の者が下の者に対して、
・その価値観の中で良いとされている行為を押し付ける
のが叱るです。

例えば
・とある家庭内で
・親が子に対して
・寝る前に歯磨きをすることを押し付ける

・ある会社内で
・上司が部下に対して
・締め切りを守ることを押し付ける

というのが叱るという行為です。
多くの場合はそこに愛情が伴っていて、良かれと思って叱るという行為に至ります。

しかしながら、この叱るという行為が期待通りの効果を生まないことも往々にしてあります。

なぜか。

それは価値観は押し付けるものではなく見せ付けて共感を呼ぶものだからです。共感を呼ぶ前提無しに価値観を押し付けたところで(=叱ったところで)、効果は望めません。

では、共感を呼ぶ前提とは何か。それは
①叱る側自身が、その価値観に深く共感している。
②普段からその価値観に基づく行動を見せ付けている。
です。こういった前提があって、初めて叱るが効果を発揮する可能性が生まれます。前提がなければ、無視か軽視されるだけです。

もし叱る側が「叱ってもなかなか直らない」と嘆いているのであれば、まずは自分が①②を十分に実践できているかを見直すと良いのではないかと思います。叱る立場(=価値観を掲げる立場)にいるということは、これらを実践する義務を負っているということですから。十分にできていれば、そもそも叱る行為に及ぶケースは少なくなるはずです。

もし、前提十分、愛情たっぷりで叱っても価値観が変わらなければ、両者は共感の生まれる余地のない全く別の価値観の中で生きていることになります。双方が双方の価値観を持っているのですから、価値観の尊重という点では、その状況もやむなしでしょう。

まぁ、やむなしと割り切れないケースも多々あるので、難しいところだとは思いますが。。

最後は掲げている価値観が真に多くの共感を呼ぶものであるかどうかに行き着く気がします。その軸がしっかりしていれば価値観の押し付けが発生するケースも少なくなるのではないでしょうか。

では。


【2021/01/13 追記】
当時はマネジメント職に就いていたので、部下の管理にも苦心していました。

マネージャーが部下を惹きつけられるかは、ここにも書いた通り共感を呼ぶ価値観を提示できるかにかかっているのですが、社内でそれを実現するには、そもそも会社が良しとする価値観とマネージャー自身の価値観がある程度一致している必要があります。

それが一致していた頃は、マネージャーとしてそれなりのパフォーマンスを発揮できていたのですが、会社の成長に伴う価値観の変化とぼく自身の価値観の変化にともない両者は徐々に乖離。マネージャーを務めるのがあからさまにキツくなり、退職することにしました。

会社の価値観に自分の価値観を合わせる器用さがあれば、もっとうまくできたんでしょうけど、そんな不自然さに耐えられるぼくではないのです。

2012/05/07

幸せは焦らずにゆっくりじっくり増やしていきましょう。

禍福はあざなえる縄のごとし。

良いこと悪いことは表裏一体のもので、常に交互にやってくるという意味の故事成語です。

その通りだと思います。常に良い、あるいは常に悪いという事は無く、良い状態・悪い状態は必ず交互にやってきます。

あたかも波のように 。

そこで、幸せのバイオリズムは波で表現できると仮定してみます。

となると波の性質として言えるのが、大きな山の次には必ず大きな谷が来るということです。すなわち大きな幸せの後には、大きな不幸せが来ます。

小室哲哉とかタイガーウッズがこの顕著な例じゃないかなと思います。どちらも大成功から一転、非常に厳しい状況に陥りました。

ただ幸せを波とするならば、谷の次には必ず山が来ます。最近はどちらも復活の兆しが見えますね。じわじわと次の山に向かっているのでしょうか。応援してます。

さて、両者の例は極端としても、もし自分に同じような極めて大きな振幅の幸せの波が来たらどうでしょう。正直ちょっと耐えられる自信がありません。

ので、個人的にはあんまり大き過ぎる幸せは目指しません。大きな谷が怖いので波の振れ幅は小さくてよいです。

とは言ってもやっぱり幸せの量は増やしていきたいです。

どうすれば良いでしょうか。

個人的に見出した答えは、
①波を大きくするのではなく、水位を上げていく。
②波を複数組み合わせておく。
の二つです。

まず①。時間の経過とともに幸せの波がある程度上下するのは仕方ないとしても、それに左右されない土台をしっかり作っておきたいです。それが何か。恐らく「信頼・信用」がそれに当たるんじゃないかと思っています。自分が社会に対して積み上げた信頼が、自分の幸せを構成する土台になるんじゃないかと思います。だもんで、早計に安易な成功を目指すのではなく、謙虚・誠実を旨とし、じっくりと信頼を積み重ねていきたいです。

(その信頼も失うときはそれこそ一瞬で失うこともあるので、万能ではないですけれど。でも波に左右されない土台部分として、やっぱり積み重ねておきたいです。)

続いて②。とは言ってもどうしても波は発生します。上がってるときはまぁいいですが、下がった時に耐えられるかどうかは死活問題です。そこでできるだけ波を安定させるには、自分の幸せを複数の波で構成しておくのが効果的だと思います。仕事の波、趣味の波、家族の波とかそんな感じで。仕事の波自体をさらに複数の波に分割しておくのもいいですね。一つの波が凹んでも、他の波が凹んでなければ、受けるダメージはある程度緩和されますので、谷対策としてはそこそこ有効だと思います。ただし、うっかり複数の波の谷が重なってしまうと、大ダメージとなってしまうので、できるだけ各波の周期や位相はずらしておきたいところです。

というのが、幸せを波に見たてての増加・安定化作戦でした。個人的にはわりとしっくりきてる考え方ですが、どうでしょう。

では。


【2021/01/12 追記】
波とか波動とかいうとオカルトな匂いも漂いますが、天体を始めとして長く続くものは基本的には円運動に基づくしかないので、幸せに限らず何事もベースは円運動(サイクル)だと思います。その円運動を一方向から見たものが波。

で、幸せの波についてごちゃごちゃ書いてますが、最強なのは幸せと感じるしきい値を下げておくこと。これさえできていればだいたい毎日幸せですし、変に幸せを欲張ってしっぺ返しをくらうこともありません。

弊害として、何か大きなことを成し遂げることもなくなりますが、それは世のとびきり優秀な人(ジェフ・ベゾスとかイーロン・マスクとか)にお任せします。

2012/05/04

だんご3兄弟養子縁組説。

だんご3兄弟という曲があります。この曲が流行った頃、とあるスーパーで品出しのバイトをやってまして、レジ近くのパンコーナーで延々この曲が流れたら続けた結果、多くのレジっ娘を発狂の渦に巻き込んだ伝説の曲です。

さて、この3兄弟。僕は血縁の家族ではなく養子縁組だと考えています。

鍵になるのが「こんど生まれてくるときも~、ねがいはそろって同じ串~」のフレーズ。ポイントは「同じ串」です。つまりこの世界においては、「同じ串」であることが「兄弟」と見なされる主要な条件なのです。

確かに、だんごを3つだけ作るというのはちょっと考えづらいです。恐らくは10個、20個とまとめて作られていると考えるのが自然です。その中から「同じ串」に入っただんご達が「兄弟」になるのです。

これは、人間界における養子縁組に近いものではないかと推察します。ちなみに串が「家」にあたり、餅つき機が「親」に相当すると思われます。

人間界との大きな違いは、串に入った時点で無条件で親から離れての生活を余儀なくされるという点です。この点を踏まえれば、3兄弟が時にケンカをしながらも助け合って仲良く生きている様もうなづけます。

以上が来月のネイチャーに掲載される「だんご3兄弟養子縁組説」の概要です。

尚、今後研究が必要なもう一つの点が「こんど生まれてくるときも」です。ここに見え隠れする輪廻転生に近いと思われる概念は、だんごの世界観を解き明かす主要な鍵になると思われます。

同様の世界観は「およげ!たいやきくん」の「毎日毎日僕らは鉄板の上で焼かれてイヤんなっちゃうよ」にも垣間見えます。こちらでも記憶を維持しての生まれ変わりの概念が示唆されています。

どちらも出典がNHKというもの興味深いです。恐らく世界観の源流が共通なのか、ともすると同一世界である可能性もあります。この点については今後の研究結果を待ちたいと思います。

こちらからは以上です。


【2021/01/12 追記】
こんなのを公開しながらも、恥ずかしげもなく生きているその胆力は認める。

2012/05/01

次期MacBook AirまでのつなぎにiPadが指名された件。

迷ってます。MacBook Airを買うかどうか。

今までは特に必要なかったんです。出先で何か作業するにしてもせいぜいブログを書くくらいだったので、iPhoneとBluetoothキーボードのなんちゃてポメラで十分でした。

でも最近、出先でも色々調べ物したりWebサービス使ったりというのがやりたくなりまして。

特に勉強支援系のWebサービスが出てきたのが大きいです。スクーとかドットインストールとか。家ではサボってしまって勉強できない性格なのでファミレスとかカフェで勉強することが多いんですが、オフラインだとこの辺のWebサービスが使えないんですよね。そこで、出先でもそこそこオンラインで作業できる環境が欲しくなってきたんです。

そこで白羽の矢が立ったのがMacBook Air。速い、軽いを実現しているし、そこそこ使ってる人の評判も良いので欲しいなーと。

が、しかし。Apple製品の発売サイクルを教えてくれるこちらのサイトによると、これまでの発売サイクルからいけばMacBook Airの次期バージョンがそろそろ出るかも、とのこと。

悩ましい。。

行動力がある人はここで待ったりしないで潔くバシっと買うんでしょうけど、僕はどうにも思いきれないんですよねー。

そこで。次に白羽の矢が立ったのが部屋の隅ですっかりホコリをかぶっていたiPad(初代)。kindleを買って以来すっかり活躍の場を奪われていたこの子ですが、こいつとBluetoothキーボードでそれなりに作業環境ができるんじゃないかと思いまして。2012年初夏、いよいよiPad(初代)の本領発揮です(笑)。

とは言え、いずれにせよモバイル通信機器は必要なので、まずはWiMAXの契約から入ろうと思います。期間縛りがイヤなのでレンタルWiMAXルータにしようかな。(最近露出多いすね、これ)

という訳で、iPad+Bluetoothキーボード+WiMAXルータのセットで当座を凌ぎつつ、次期MacBook Airが出たら即効購入というのが今のとこの目論見です。

実はiPhoneも現在3GSで5待ちなので、Apple製品2つ発売待です。株とかやったらタイミング外して失敗するタイプですね。。

ティム・クック殿
早めの発売を切にお待ちしております。

では。

 
【2021/01/11 追記】
初代iPadか。時代を感じるな。

今はM1 MacBook Airを買おうか迷う日々。いいよなー、買っちゃおうかなー。